二字No.07風化


第一艦橋のパネルに映し出された地上の光景は、荒野としかいいようのないものだった。岩砂漠が果てしなく広がり、所々に硬い岩盤が自然の風化によって時間をかけて削られたのであろう、人工物と見紛うような地形が形成されている。
「何だか、沈黙の塔のようだな。」

南部は、目の前の小高い丘に大きな円筒を載せたような岩山を見て呟いた。地上探査に出た者と休憩中の者を除き、第一艦橋に詰めているのは南部、真田、相原の3人のみである。
「沈黙の塔って言うと、ゾロアスター教のあれか?」
真田が反応した。
「真田さん、ご存知でしたか。」
「火、土、水を神聖視するゾロアスター教では、死者を土葬や火葬にすることは土や火を汚すことになるので行われない。その代わり、沈黙の塔と呼ばれる円筒状の塔に死体を置き、ハゲタカなどの鳥がついばむに任せる鳥葬を行う。」
「いろいろな弔い方があるもんですね。」
「確か、風葬というのもあったそうだ。遺体を風にさらし風化を待つ。」

「僕はね、常々不思議に思ってたんですよ。」
南部がいつになくまじめな口調で言った。
「ゾロアスター教は中東地域から広がった宗教ですよね。死体を鳥に食わせて骨になり、骨は太陽の光で漂白される。そして最終的には土に還るというわけです。でもエジプトのミイラを考えてみてくださいよ。中東からさほど離れていないエジプトでは、肉体をミイラにして現世にとどめた。同じ死に対してどうしてこんなに違いがあるのでしょうか。」
「ミイラは、来世に行った魂がこの世に戻って来た時の行き場所として身体が残っていないといけない。そのために作られていた。しかし鳥葬は、死者が鳥に食べられることによって天へ運ばれる。つまり魂の抜け出た遺体を天へ送り届けるものと考えられていたそうだ。」
真田も興味深げに頷いた。
「多くの生命を奪うことによって生きてきた人間が、せめて死後の魂の抜け出た肉体を他の生命のために布施しようという思想もあったのじゃないでしょうか。これは仏教的な考え方になりますかね。」

「ふたりともいい加減にしてくださいよ。何を非科学的なことを言ってるんですか。」
それまで黙って聞いていた相原が口を挟んだ。
「大体、鳥葬だの風葬だの、そんなの非衛生的じゃないですか。」
相原は顔をしかめた。
「普通は、残酷だとか野蛮だとか、そういう反応をするんだがな。非衛生的とは相原らしいな。」
真田が苦笑した。
「鳥葬は、20世紀になって衛生上の理由から禁止されましたけど、今でも細々とですが、伝えられてはいると思いますよ。」
と南部。
「じゃ、お二人のことを、これからは現代のプロメテウスと呼んであげますよ。」
相原が言った。
「人類に知恵と技術をもたらす真田さん。先見の明のある僕。相原くんもやっぱりわかっていますね。」
人類に火をもたらした神の名はプロメテウス。pro(先に) metheus(考える者)である。
「違いますよ。ハゲタカに肝臓を毎日ついばまれても、すぐにもとにもどる。おふたりの心臓はプロメテウスの肝臓ばりですから、きっと鳥葬の鳥も避けますよ。」
さあ、仕事に戻ってくださいよと促され、相原の心臓も同じく鳥が避けるだろうと、こっそり目を見合わせた真田と南部であった。

6 May 2009

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