二字No.10「樹海」


「へー、樹海って空から見ると、こんななんですねえ。」
南部が感心したような声で言った。
「こちらがガミラス前の映像で、こっちは最近の映像です。」
相原が説明する。休憩中の二人、視聴覚室で地球の映像をあれこれ見ながら故郷を懐かしんでいるとでもいったところ。
「成長促進剤で樹木を短期間で生長させたので、森の茂り具合は、何とか以前と同じくらいになったようです。でもそもそも地形が変わりましたからね、木の生えている場所も湖の位置も、若干変わってます。」
相原は2つの写真を指し示した。
「遊星爆弾で富士山が噴火したんでしたね。」
と南部。
「ええ。樹海って溶岩流の固まった上に木が生えてできてるんだそうです。溶岩の上の表土って2センチかそこらだから養分が少ないわけでしょ。だから再生させるの、けっこう苦労したそうですよ。噴火で新しく溶岩が流れてできた地形まで、完全に元の形にするわけにはいかなかったみたいですね。」
「でも表土がそんなに少ないのじゃ、水分や養分はどこからとるのでしょうかね。」
「昔の樹海では、水分は倒木に生えた苔に、養分は倒木に蓄えられていたらしいですけど。今は未だ倒木なんかないでしょうし、どうやってるんでしょうね。」
相原もそこまでは知らないらしい。
「しかしそんな微妙なバランスの上で生育しているのなら、太陽膨張の影響にどこまで耐えられるか。」
南部が思わずつぶやき、相原もため息をついた。

「しっかし鬱蒼としてますねえ。さすが自殺の名所と言われただけあって。」
南部が気分を変えるように言った。
「確かに遊歩道から逸れたら、こわいですね。」
相原も相槌を打つ。
「樹海に迷い込んで道がわからなくなった時どうするか。そういう時に性格が出ますね。きっと相原くんはパニックになって歩き回って、余計迷い込んでしまうタイプですね。」
南部がにやりと笑う。
「どうせそうでしょうよ。そう言う南部さんは、じっと助けを待つタイプでしょうよ。」
相原が拗ねたような口調で応戦した。

「これって富士の樹海じゃありませんか。」
背後より明るい声がかかり、振り返ると加藤四郎が立っていた。
「何だ、加藤か。驚かすなよ。」
「すみません。入り口が開いてたので覗いてみたら、樹海の映像だったので。つい懐かしくて。」
「懐かしいって、お前、樹海を見たことがあるのか?」
南部が意外だという顔をした。日本に遊星爆弾が降り始めた頃、加藤四郎は小学校2年くらいのはず。自分は5年生だった。この年代の3つの差は大きい。遠足に行く場所、キャンプなどのお泊りの野外活動を経験できるかどうかなど、かなりの違いが出てくる。
「家族でキャンプに行ったことがあるんですよ。俺はまだ小さかったのですけど、うちは兄貴たちもいたし。へえ、もうこんなに回復してるのか。」

「俺、樹海で迷子になったんですよ。」
四郎は目を輝かせて映像を見ながら言った。
「えっ?」
「三郎兄貴とキャンプ地から探検に出て、気がついたら遊歩道へ戻る道がわからなくなってました。俺、小さかったですからね、怖かったですよ。でもああいう時って性格でますよね。」
今話していたばかりのことを持ち出されて、南部と相原は目を見合わせた。
「兄貴は、半べそかいてる俺に『必ず帰り道を見つけてやる。俺が戻ってくるまで絶対にそこを動くな。』ときつく言い置いて、行っちゃいました。」「加藤らしいな。」
「ええ、あんなに兄貴が頼もしく見えたことはないですよ。」
「で結局、加藤は道を見つけて迎えに来てくれたのか。」
南部が訊ねた。
「ええ。兄貴、どうしたと思います?樹海から上空を見上げると飛行機が10分間隔くらいに飛んでたので、それって東から西へ飛ぶ航路でしょ。そこから方角の見当をつけて元の道に戻ったのだそうです。地上を走る時は方角なんてまるっきり掴めないくせに、空を飛んでいるものなら、すっと感覚に入ったようなんですよ。ほんと、飛行機馬鹿ですよね。」
「まったくな。」
南部も相原も大きく頷いた。
「でも、三郎兄貴、後で二郎兄貴に怒られてました。携帯を鳴らしたのに何で出なかったんだって。三郎兄貴、鳥の声を聞くのに邪魔になっちゃいけないって切ってしまっていて。二郎兄貴は携帯で位置を掴もうとしていたのに、できなかったんだそうです。」
「二郎さんというのは、かなり冷静で論理的な人らしいですね。」

と相原。
「で、お前はどうしてたんだ。」
興味津々といった様子で南部が訊ねた。
「兄が絶対に動くなって言ったものですから、じっと待ってました。でも半径10メートルくらいなら動いてもいいかなと思って、目印の木を決めてちょっとだけそのあたりを歩いてみたんです。そしたらキノコが生えているのを見つけて、夢中になって収穫しました。もっと探したかったのですけど、兄に動くなと厳命されてたので、元の木のところに戻りました。で、それがタマゴダケだったんですよ。その日の夕食のおかずになりました。バター炒めにして、すごくおいしかったですよ。」
楽しそうに思い出話をする四郎。
たかが樹海、されど樹海。加藤兄弟、一番生活力があるのは末弟の四郎らしい。こういう男がいる限り、樹海も地球も未来は明るい。なぜかそんな風に思った南部と相原であった。

23 Jun. 2008

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