二字No.11夕凪

「よう、お疲れさん。」
夕食時の食堂で、島は加藤四郎に声をかけた。
「お陰で正確なデータがとれたよ。」
「レーダーが今ひとつ利かなくて、冷や冷やしましたよ。ああいう無茶はあまりやりたくないですよ。」
加藤はちょっと顔をしかめた。艦載機隊が、星間物質の濃いエリアの探索に出たのである。
「あはは。イスカンダル行きの時、お前の兄貴も相当無茶をやらされてたよな。」
加藤と並んで食事をしていた南部が笑った。
「兄貴の目は特別製ですよ。」

「で、すぐワープに入るんですか。」
「いや、今、細かな航路計算をしているところだ。もうちょっと時間がかかるんで、今のうちに飯を食っておこうと思ってな。」
「星間物質に足止め食ってるなんぞ、夕凪に捕まったヨットみたいなもんですね。」
南部が言った。
「まったくな。でもおかげでゆっくり夕飯が食える。」

島は笑った。

「超新星の爆発で出来た星間物質だったそうですね。いつ頃の爆発ですか。」
「今、解析中で詳しいことはわからんが、そんなに昔のことじゃないらしい。」
「超新星って、1つの銀河でおよそ100年に1つの割合で出現すると言われているんでしょ。」
加藤が言った。
「そう。でも銀河系では1604年に出現したのが観測されて以来、確認されてないそうだ。もっとも、大昔の観測技術じゃ、銀河系中心の向こう側で発生していても、それこそ星間物質に隠されてしまって見えなかったんじゃないかな。」
と、島。
「でも、超新星の爆発を記録した例はたくさんありますよね。確か、明月記にも記されていたはずです。」
南部が博識なところを見せた。藤原定家の記した「明月記」には1006年と1054年に出現した超新星の記録が残されている。

「来ぬ人をまつほのうらの夕凪に焼くや藻塩の身もこがれつつ」
突然口ずさんだ加藤に、島と南部はほぅという顔をした。
「え、だって南部さんが夕凪だの、定家だのと言うから、思い出したんですよ。」
加藤はちょっと照れたように言った。
「子供の頃、よくやりました。お袋が結構好きで、正月なんかに兄弟並ばされて。」
「僕もやらされましたね。姉と姉の友達に混じって。」
南部も懐かしそうに言った。
「南部さんのようにお姉さんやらお姉さんの友達だと何か優雅な感じですけど、うちは男ばっかりでしょ。だからカルタ取りといえども、結構、体育系。僕は末っ子だから、厳しいものがありましたよ。」
「勝つのは誰だったんだ?」
島が興味深そうにたずねた。
「三郎兄貴ですよ、もちろん。」
“むすめふさほせ”のような1枚札は、他の人間に取られてしまうくせに、下の句まで読まないと皆が取れないような札は必ず取る。目がいいのか、札の在りかがぱっとわかる。そして反射神経の塊のように、体がぱっと動く。
「だから僕は悔しくて、一生懸命、暗記しました。兄貴の反射神経が働く前に、札を見つけられるように。」

「で、憶えた歌を、今度は実践してるってわけか。」
島が唐突に攻撃をかけた。
「ええ、その通りですよ。でも実践しているのは『昔はものを思はざりけり』ですけどね。」
澄ました顔でさらりと言ってのける加藤。

「今日は一本取られましたね。」
お先と席を立っていった加藤の後ろ姿を見送りながら、南部が笑った。からかうつもりがさらりとかわされて、島は攻撃の矛先を南部に向けた。
「そういうお前はどうなんだ。」
「僕ですか。僕は蝉丸ですよ。」
これも澄ました顔で応え、ごゆっくりと席を立っていってしまった。さらに一本とられた島、いまいましげに南部の背中を睨みつつ、夕食の残りを攻撃したのであった。

これやこの行くも帰るもわかれてはしるもしらぬも逢坂の関

2 Aug. 2009

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