二字No.13不屈

「バレンタインなんですねえ。」
ランチのトレイに添えられた小さなチョコレートに、加藤四郎が顔をほころばせた。
「へえ、加藤でもそんな顔するのか。バレンタインのチョコなんてもらい慣れてるのかと思ってたけど。」
向かいに座った島がからかった。
「島さんに言われたくはありませんよ。」
と、加藤が応酬した。
「ふたりともよく言いますよ。どっちも歴戦の強者のくせして。」
隣に座った南部が参戦。

「でも、まじめな話、俺たちの世代って、そういう年代になる前に地下都市生活になってしまってるでしょ。だから、チョコを巡ってのハラハラドキドキというのは、満喫してないんですよ。」
「そうか…」
「だからバレンタインの思い出は、結構悲惨です。近所にすごくきれいなお姉さんがいて、密かに憧れてたんです。そのお姉さんがバレンタインの日にチョコをくれたから、もう天にも昇る気持ちでしたよ。でも、彼女、僕にくれた後に、もうひとつ、すごくきれいな包みを出して、そっちの包みのほうが、断然上等そうでしたけど、『三郎さんに渡して』って言ったんです。」
堪えきれずに爆笑してしまった島と南部。

「笑い事じゃないですよ。兄貴が山のようにもらうのを見て、自分も早く大きくなって、いっぱいもらえるようになりたいと思ってましたけど、あの時ばかりは、バレンタインなんてなくなってしまえって思いましたもん。」
「加藤はもてたからなあ。で、三郎はその彼女とどうなったんだ?」
島が笑いを堪えながらたずねた。
「しばらく付き合ってたみたいですけど、どうなったものやら。兄貴って、『来るもの拒まず、去るもの追わず』みたいなところあったし。」
「確かにな。訓練学校時代も結構いろいろ武勇伝が聞こえてきたもんな。」
「でもいろいろ聞こえてきた割に、人から恨まれたってことがなかったしなあ。ありゃ、一種の人徳だったかも。」
しばし亡き友を偲ぶ島と南部。

「で、お前はどうなんだ?」
突然、島が話を四郎にもどした。
「えっ?」
「兄貴が『来るもの拒まず、去るもの追わず』だろ。後を継いだお前はどうなんだ?」
南部が人の悪い笑いを浮かべた。
「僕ですか。恋愛に関しては座右の銘は『不屈』です。本気になったら、『めげない、負けない、あきらめない』です。」
じゃ、お先と席を立っていった加藤を見送りつつ、加藤兄弟侮りがたしと思った島と南部であった。

 11 Feb. 2009

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