二字No.14撹乱

  

ここは月基地。第一司令部の一室で新兵への研修が行われていた。
この年、月の第一司令部と第二司令部に配属された新兵たち。その中でも選りすぐった10数名の新兵たちである。講師は、言わずと知れた第一司令部の加藤三郎。あの加藤隊長である。新兵たちの気合の入りようも想像できようというもの。

「いいか、緒戦はスピード勝負だ。戦闘機隊がまず敵を撹乱し、続いて母艦からの艦砲射撃で徹底的にたたく。艦載機隊がいかに迅速に敵に到達し、敵の撹乱に成功するかが、作戦の成否を決めるといっても過言ではない。」
数々の実戦を経験してきた加藤の言葉には重みがある。いつもは退屈な机上の講義に、新兵たちは眼を輝かせて聞き入る。

「むろん、お前たちは皆、訓練学校で基本的なことが学んでいるから、今さら理論をくどくど説明するつもりはない。今日は過去の作戦のデータを使って、シミュレーションを行う。そして明日は模擬演習を行う。いいな。」
「はいっ!!」

まだ実戦経験のない新兵たちにとって、加藤をはじめとする先輩たちが経験した戦闘をシミュレーションとはいえ追体験できるのは、非常に興奮する経験である。皆、持てる集中力を結集してモニターに張り付き、かなりの戦果を上げた。

そして次の日の模擬演習。こちらはちと様相が異なった。新兵たちは編隊を組み先輩たちの守る基地を急襲し撹乱をはかったが、情け容赦なく迎撃してくる先輩たちに逆に撹乱されてしまった。さらに基地から発進してきた先輩たちの編隊の撹乱作戦に乗せられ、まんまと後方の基地まで壊滅させられてしまった。

研修最終日の懇親会。先輩たちの実力を見せ付けられ、げっそり意気消沈の新兵たち。にぎやかに楽しむ先輩たちの会話が聞くともなく聞こえてくる。
「山本が来れなくて残念だったなあ。」
「あいつがいたら、新兵軍の撃破をもう5分、早められたかな。」
「いや、10分くらいはいけたんじゃないか。」
「鬼の霍乱だからな、仕方ないさ。」

翌日、第二司令部にもどった新兵の代表は、司令の山本のところに帰着の報告に行った。一通り報告を済ませた後、新兵は言った。
「山本司令は撹乱作戦が得意だそうですが。」
「?」
「先輩たちが、司令のことを『鬼の撹乱』とおっしゃってました。鬼神のような作戦を展開されるのかと。」
「……」

山本がその新兵を居残りさせ、漢字の書き取りを命じたのは言うまでもない。そしてそれに発奮した新兵が、将来、撹乱の雄と呼ばれるようになったかどうかは、誰も知らない。

11 May 2008

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