二字No.15追撃


故郷への帰還が目の前の現実になってくると、しきりと思い出されるのは残してきた家族のことである。通信がまだかなわないだけに、あれこれと思いが膨らむのも自然というもの。休憩時間に食堂の片隅でたむろしている
3人も例外ではない。

「加藤んちは、確か弟がいたよな。」
山本が加藤に言った。
「ああ、今、訓練学校の2年かな。」
加藤が懐かしむように応えた。
「地球にもどったら、弟さんが立派に成長していて、隊長の地位を脅かされるなんてことになるんじゃないですか。」
相変わらず、南部の口は悪い。
「馬鹿言うんじゃねえ。俺様を抜こうなんて100年早い。」

「加藤兄弟って言えば、訓練学校でも有名でしたからね。末の弟さんも優秀だって、入学当初から聞いてますよ。」
相変わらずの情報通の南部である。
「うちにも弟がいるけど、飛行機乗りじゃないし軍人でもないし。お前んちのように、弟が同業者を目指していて、しかも優秀となると、追撃されているような気分にならないか?」
と、山本。
「うちは姉と妹で男兄弟がいませんからよくわかりませんけど、兄弟っていうのはそういうもんですかね。」
「追撃してくるほど弟が成長した思うとやっぱりうれしいし、弟が自分を追ってくるっていうのも頼もしいもんだぜ。こっちも簡単に抜かせてやるもんかと燃えるし。」
加藤は長らく会っていない弟の顔を思い浮かべた。

「で、やっぱり兄弟だけあって、お前と弟とは似たような性格してるのか?」
山本がたずねた。
「いいや。あいつはガキの頃から妙に分別くさくて、兄の俺に説教をしたりしやがる。俺様の竹を割ったような性格をちっとは見習えってんだ。」
破天荒な兄を持った弟の苦労を想像してしまった山本と南部。
「しかもな、問題は女の扱いがうますぎるってことだ。俺の女ともだちどもが、『四郎くんって素敵よね。きっといい男になるわ。』なんて、頬を染めてぬかしやがるんだぜ。あいつ、しゃあしゃあと、『あなたのような素敵な人と付き合ってるなんて、兄は幸せです。』なんて言いやがって。」
そういうところは不器用らしい兄に比べ、なかなか要領のいい弟らしい。
「大体、男のくせに、『あなたの瞳の前には星も輝きを失う。』なんて、歯の浮くようなことを言うなってんだ。」
いまいましげな加藤を前に、加藤弟、なかなかやるなと思う山本と南部。

「でもやっぱり兄弟だし、しかも同業者だから、惚れる女のタイプは似るんじゃないですか。」
と言う南部に、うっと言葉に詰まる加藤。
「さしもの戦闘機隊長も苦戦しそうだな。」
そんな加藤に山本が追い討ちをかける。
「いくら弟とは言っても、こればっかりは追撃させるもんかい。撃墜してやる。」
語るに落ちるとはこのこと。惚れた女がいると言ってしまったようなもの。内心にやりとする山本と南部に気がつかず、拳を握りつつ、でもやっぱり懐かしい弟に早く会いたいと思う加藤であった。

 5 Apr. 2009

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