二字No. 18離脱

 

艦内の喫茶室。休憩時間に立ち寄った島大介は、加藤四郎が座ってお茶を飲んでいるのを見つけた。何だかのんびりした雰囲気である。
「あれ、島さん。珍しいですね。」
「そうかあ?航路も安定しているから、たまにはのんびりしようと思ってな。」

「そういえば、島さん。航海班と砲術の連中、また派手にけんかしていたみたいですね。」

「ああ、まったく頭が痛いよ。いつもなら、けんかは艦載機隊と相場が決まっているのに。」
「そうらしいのですけど、うちの連中、今回は皆、飛んでいく時以外はおとなしいんですよ。」
「まったく信じられんよ。大体、お前の兄貴なんか、自ら率先して殴りあいのけんかやってたもんな。」
「はは、兄貴らしいな。」
四郎は愉快そうに笑った。
「やっぱり兄弟だよなあ。今の笑い方なんか三郎とよく似てる。しかし三郎と違って、お前のけんか話は一向に聞かんな。」
「けんかですか。俺、そういうの、何て言うか、離脱しちゃってるのかな。」
「離脱?」
「ええ、戦線離脱しているというか。昔っから、けんかするのは兄貴、俺は世話と決まってたんですよ。」


どさっという音で、四郎は目を覚ました。また、兄ちゃん夜中に帰ってきたんだ。でも何だかちょっと様子が変だ。苦しそうな声がする。四郎は部屋の明かりをつけ、兄が隣の布団にうずくまっているのを見つけた。
「兄ちゃん、どうしたの?怪我してるんじゃないの?」
「しー、大きな声を出すな。お袋たちに聞こえるだろ。」
「でも、兄ちゃん」
「だから、大きな声を出すなって。」
「兄ちゃんの声の方が大きいよ。僕、救急箱取ってくるから、じっとしててよ。」
「お袋に気づかれるなよ。」
「わかってるよ。」

「いてっ。もうちっと優しくできねーのか。」
「そんなこと言ったって。でも、兄ちゃん、負けたの?」
「馬鹿言うんじゃねえ。俺様が負けるわけねえだろ。多勢に無勢でちょっと手こずったけどよ。」
「でも、こんな怪我して。」
「四郎、お前、ガキのくせして、年寄りくさい説教するんじゃねえ。」
「…」
「大体、味方がおっとり刀で駆けつけてきやがるから。そんときゃ、俺ひとりでほとんど終わってたんだよ。」
兄ちゃん、おっとり刀の意味を間違えてるよとは、口には出さない四郎の心のつぶやき。
「いいか、四郎、お袋に言うんじゃないぞ。白玉あんみつ、おごってやるから。」
「はいはい。僕、裏口の鍵を確かめてくるから、兄ちゃんは先に寝てて。」


「てな具合だったんですよ。」
「なるほどな。それじゃ離脱したくもなるわな。」
島は笑いで目に涙をにじませて言った。
「ええ、白玉あんみつ、20個くらい貸しになったままです。」
再び、島は笑いで身をよじらせた。加藤兄弟、ふたりとも暖かくていいなと思いつつ。
「地球に戻ったら、俺が加藤の代わりにおごってやるよ。あんみつじゃないけど、弟と時々行くパフェのうまい店があるんだ。」

    26 Oct. 2008


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