二字No.22命令

「軍隊ですから、命令に従うように訓練されてます。反射的に復唱して言われたことをする。それでなきゃ、指揮官による統卒は成り立ちません。」
「しかし、極限状態に落ちいったらどうなる。命令に従うっていうのは後天的に作られた性格だ。過酷な環境に置かれたら、人間は本能で動くものだ。それこそ、反射的に命令に従わないという事態だったありうるだろう。」
食堂の片隅でコーヒーを片手に南部と山本。通常航行時には暇な戦闘士官。今日は、指揮統率に関して議論しているらしい。

「軍隊では指揮官の命令を兵員に強要することができる。時には兵員の感情を無視してもね。でもそれは、軍隊が十分な食料と休養を与えてこそのものだ。」
山本が南部をまっすぐに見た。
「食料と休養が与えられず、その上、安全も保障されないとなったら、」
南部は眼鏡の奥の目を細めた。
「反乱が起きるということですね。」

「もちろん反乱を起こすわけにはいかん。だからどんな状態に陥っても部隊の秩序を維持し、兵員が極限の状態に追い詰められても、士気を維持、高揚しなければならない。それには、指揮官のリーダーシップ、平たく言えば、この指揮官に従っていれば必ず成功すると思わせることができるかどうかということだ。」
山本の論理は明快だ。それに対し南部が問いかけた。
「指揮官のリーダーシップってどういうところから出てくるのでしょうね。誰にでも発揮できるってものじゃないですし、訓練すれば必ず身につくというものでもない。」
「リーダーシップを構成する要素は、人格、知能及び行動の三種類に分類されるとはよく言われているが。」
「なるほどね。人格や知能は訓練では付与できない」
南部がうなずいた。

「おーい、飯、食いにいかないか。」
真剣に話し合っている二人の背後から脳天気な声がかかった。言わずとしれた加藤である。
「今日は何だ?いっつも深刻そうに話し合ってばかりいると、早く老け込むぜ。」
南部がかいつまんで説明すると、加藤は我が意を得たりとばかりにうなずいた。
「たまにはお前たちもいいことを言うじゃないか。戦闘機隊が俺の命令一下、一糸も乱れぬ行動をとるのは、俺様の高尚な人格と優れた知能の賜物だというわけだ。」

先行ってるぞ、腹が減っては戦は出来ぬと立ち去った加藤の後ろ姿を見ながら、顔を見合わせた山本と南部。いつもなら苦笑して加藤の後を追うことになるのだが、この時は少し様子が異なった。山本がぼそっとつぶやいたのである。
「加藤と飛ぶと安心できるのさ。」

加藤と飛ぶと、青空に向かって飛んでいるような気になれる。暗黒の宇宙空間でも、砲弾が飛び交う戦場でも、ここを抜ければ青い空が広がっていると思える。だから、戦闘機隊の連中は、あいつに従って一団となって突撃できるのさ。

6 Feb. 2011

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