二字No.23舷窓

「バレンタインかぁ…」
徳川太助は大きなため息をついた。機関室を出て居住区に向かう道すがら、舷窓から外を眺める。そこには、こちらを見つめる人のよさそうな丸顔。

あぁ、つくづく親父を恨むよ。何かというと「親父が泣くぞ」って言われて、偉大な親父との差を見せつけられる。どうせ親に似ない息子なら、仕事じゃなくて、顔かたちのほうにしておいてほしかった。なのに体形までしっかり親父似で、これからますます似てきて、最後にははげるということになったら、いやだよなあ。

先日、食堂で偶然聞いてしまった女性乗組員たちの会話。休憩時間の姦しいおしゃべりは万国共通、女性のいるところ普遍である。どうやらバレンタインを前にしてのウキウキワクワクらしい。
「島副長が素敵。ハンサムだし、知的だし、やさしいし。それでいて仕事には厳しいし。」
「私は真田副長。文武両道、厳しい中にもやさしさもあり。」
「やっぱり一番は艦長よ。」
いや加藤隊長がいい、南部や相原も捨てがたい、美形となると揚羽、かわいい系で土門と、予想通りの名前が一通り出て、自分の名前が出るとは思ってはいなかったけど、やっぱりちょっぴりがっかりの徳川。
「でも、山崎機関長もいいよね。」
えっ?!と耳をそばだてる徳川。
「そうねえ、若い男にはない渋さっていうのかな、そういうのがあるよね。私、機関長に本命チョコあげちゃおっかな。」
え〜、やだ〜と女どものはしゃぐ声が高くなる。
機関部の誰の名前も出ないのに、若い僕たちを差し置いて、何で女房持ちの親父さんなんだ…。ショック…。

「あ〜あ。」
再び大きなため息が出る。今年も義理チョコだけかあ。なんでもっと男っぽい顔に生まれなかったのかなあ。もうちょっと背が高けりゃなあ。
舷窓に映る顔を再び眺める。するとふいに、丸い顔が少し苦みばしった顔に変わった。驚いて振り向くと、立っていたのは赤城大六。
「どうしたんです?徳川さん。ため息なんかついて。」
「いや、何でもない。」
「じゃ、休憩室に来てくださいよ。バレンタインのプレゼントが届いてますから。」
赤城はひどくうれしそうである。
「どうせ義理チョコだろ。」
拗ねモードの徳川。
「義理でも何でも、もらえるだけでもうれしいじゃないですか。前の輸送船じゃ、女なんていなかったから、バレンタインには男だけでチョコレートフォンデュしましたもん。それに比べりゃ、義理でも何でも、もらえるのならうれしいす。」
チョコをくれる女性がいないからといって、男だけでチョコレートフォンデュというのもちょっと寒くないかと、そんな徳川の心中にはいっこうに頓着しない赤城。

「各班から機関部の皆さんへって、来てるんですよ。うれしいよなあ。」
心底うれしそうな赤城の様子を見ていると、何となくうれしいような気がしてくるから不思議。
「各班、特色あってなかなかですよ。さすがの手作りチョコの生活班。工作班は、ありゃ、トリュフっていうのかな、上等そうなのが来てます。それから、艦載機隊の女どもからは、何と酒!!気が利きますよねぇ。」
さあ、行きましょ、行きましょと、赤城に引っ張られるように休憩室に向かう徳川。振り返ってもう一度、舷窓に映る顔を眺める。そこにはやっぱり人のよさそうな丸顔が、でも今度はちょっとにっこりと映っていた。

義理チョコの 数だけ小さい 愛がある
(株式会社メリーチョコレートカムパニー 第12回バレンタインどきどき、ワクワク川柳傑作選より)

 22 Feb. 2009

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