二字No.26引力

 

加藤四郎、イカルス訓練所のイメージルームの中。今日は秋景色。

それにしても澪ちゃんの教育方針、考えたほうがいいかもなあ。真田さんに言ったほうがいいかなあ。あれじゃ、まずいんじゃないかもなあ…。

「ねえねえ、しろ兄ちゃん。『恋』ってどんなもの?」
澪の宿題を見てやっていた四郎は、ぶ、とお茶を吹きそうになった。
「何だい、急に。」
「だって、詩や小説にいっぱい出てくるんだもの。」
一体、子供にどんな本を読ませてるんだと、内心ぼやく四郎。
「澪ね、一応ちゃんと調べたのよ。だっていつもお父様が言うんですもの。他人に聞く前にちゃんと自分で調べなさいって。」

大辞林:異性に強く惹かれ、会いたい、ひとりじめにしたい、一緒になりたいと思う気持ち。
広辞苑:一緒に生活できない人や亡くなった人に強くひかれて切なく思うこと。また、そのこころ。特に、男女間の思慕の情。

おいおい、そんなんでわかるようなことじゃないだろとは、口に出さない四郎のつぶやき。
「要するに男の人か女の人に引きつけられるということみたいだけど。」
「……」(要するにって、ちっともわかってないぞ)

「しろ兄ちゃんは『恋』をしたことがあるの?」
「そりゃ、まあ。」
「ねえ、ねえ、どんなになるの?引きつけられるってどんな感じなの?」
「まるで引力が働くみたいに、その人に引きつけられちゃうんだよ。」
さすがの四郎もちょっと照れくさい。
「引力ですって?じゃ、電磁力か何かが働くのかしら?」
「は?」
「それとも重力かしら。だって引力が働くのでしょ。引力が存在するのは電磁力か重力でしょ。そんなの古典物理学の基礎よ。」
「……。」(何で物理学になるんだ…)
「でもやっぱり電磁力かなあ。重力には引力だけしか発見されていないけど、電磁力には斥力も存在するし。『恋』というのは醒めることもあるんでしょ?この間、読んだ本じゃ、女の人が恋人に『あなたの顔なんか二度と見たくないわ』って言ってたし。だから引力だけじゃなくて斥力も働くこともあるんじゃないのかなあ。」
電磁石になった澪に男がいっぱい張り付いている図を想像してしまった四郎。

「私も『恋』をしてみたいなあ。」
「え?」
「だって、本を読むと大抵みんな恋していて、時々辛いみたいだけど、大体は皆、すごく楽しそうなんだもん。」
にっこり微笑む様子がとてもかわいらしい。きっと年頃になると大層な美人になって、恋する男が群れをなすのだろうな。そう思うと何となく面白くない四郎。兄馬鹿かな。でも怖い父親が二人もガードしているから、全員撃退されるに決まっている。
「でも斥力が働いたらいやだから、澪は『恋』をしたら、お父様に頼んで『斥力吸収装置』を作ってもらおうっと。」
「……。」(真田さんが作るのは引力吸収装置だろうなあ)

イメージルームの中。夕暮れに黄金色の葉っぱがはらはらと舞う。
ほんとにかわいい子だよなあ。知識だけは妙に豊富だけど、ちっともわかってなくて。でも本質をうまく表現しているかも。あのぐんぐん引きつけられる感じは、電磁力が働いているというのがぴったりだ。それに、斥力が働くなんて考えると辛く哀しい。

加藤四郎、物思い中。

いつとても恋しからずはあらねども、秋の夕べはあやしかりけり(古今集546
 (いつだって恋しくないわけではないが、ことさら秋の夕暮れは胸がざわめく)

   24 May 2008

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