二字No.32沈黙


ある日の昼下り。

食堂の片隅。男3人集まって雑談の最中。

「最近の若い者は、まったくなってない。いちいち言わなきゃ、何にもできないんだからな。」

加藤三郎が大仰にため息をついた。
「ほう、泣く子も黙る隊長でもそんなことを言うことがあるのですね。」
と、南部。
「若い者って、お前もまた随分老け込んだもんだな。」
と、からかうように山本。

「だってよ、この前だってな…」
加藤の言い分はこうだ。自分たちが新兵の頃は、何でも率先してやろうとした。教わる前に見て盗もうとした。ところが今時の連中ときたら、何かと言うと、教わってない、言われてない、だ。いちいち言われなくてもわかるだろう。

「温厚な俺様でも、堪忍袋の緒が切れるってもんだ。」
温厚という言葉の定義が間違っていないかと、目を見合わせる山本と南部。それに気づかず、加藤の愚痴は続く。
「この間なんか、整備士の新米に、『いつものように頼む』って言ったら、『調整箇所と設定数値をうかがいませんと』ときたもんだ。世も末だぜ。た〜っぷり小言を言ってやった。」
「そりゃ、加藤、お前のほうが無茶だ。『いつものように』でわかるわけないだろ。行きつけの喫茶店じゃあるまいし。」
山本が噴き出した。
「『以心伝心』というやつはどこに行っちまったんだ。」

南部と山本は一瞬、きょとんとしたが、次の瞬間、爆笑した。
「ここは艦の中で、我々は軍隊ですよ。『以心伝心』なんて言ってたら、コスモタイガーに第一砲塔のミサイルが突っ込んじゃいますよ。」
「そりゃそうだ。あっちに行け、そっちじゃないってやってたら間に合わんよな。フォーメーションとる前に衝突だ。宇宙空間じゃ目で会話するわけにもいかんし。きっちり言わんと危ないよな。」
「うるせい、以心伝心ってのは日本人の美学なんだ。」

なかなか笑いの納まらない山本と南部。憮然とする加藤。南部は笑い過ぎて涙の滲んだ目をぬぐいながら、
「日本人の美学ときましたか。じゃ、『沈黙は金』ってのはどうですか。」
「なんだ、そりゃ。」
「沈黙は金、雄弁は銀。沈黙を守るほうがすぐれた弁舌よりも優るというたとえだ。いつもがみがみ隊員を叱ってばかりじゃなくて、ぐっと沈黙で迫ってみるってのはどうだ。」
山本も南部に同調する。
「そりゃ、いいですねえ。加藤隊長の迫力の前には言葉はいらない、ですね。」
「きっと、女にももてるぞ。」
「てめえら、いい加減にしやがれ。今度の作戦の時、おぼえてろよ。」

そこに飛んで火に入る夏の虫、整備士がファイルを手に現れた。
「あ、加藤隊長。いいところでお目にかかれました。ちょっと来ていただけませんか。この間のご依頼の件ですが、いつものように調整しましたが、どうもいつものようにいきませんで。」
「いつものようにじゃわからん。もっと物は正確に言え。」
「そんな。隊長がこの間、言われなくてもわかれとおっしゃたんじゃありませんか。」
「なんだと、お前。」
加藤は整備士をがみがみと叱り飛ばしながら、席を立った。

「あ〜あ、あの整備士にも『沈黙は金』を教えたほうがいいんじゃないですかね。」
と南部。
「いや、あれには『口は災いのもと』だろう。」
と受ける山本。
「てめえら、いつまでごたごた言ってやがる。油売ってないで、仕事に戻れ。」
とは加藤の怒鳴り声。

沈黙は金、雄弁は銀。そして時は金なり。

 6 May 2008

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