二字No. 35空白


「じゃ、休憩に入ります。お先。」
「お疲れ様です。」
南部は片手を上げて周囲に挨拶し、艦橋を後にした。当直交代まで4時間の休憩である。

自室に戻った南部。ほんとうは仮眠するのがいいのだろうけど、このところ平穏な航海が続いているせいで、さほど疲れてもいない。読みかけの本の続きでも読むか。

「航海の歴史」。こういうレトロな本って好きなんだよな。まず、交代に遅れないようにタイマーをセット。艦内時間1800から2200までの4時間の休憩だから、タイマーを3時間45分に設定。さて、今日はマゼランの航海のところから。

マゼラン星雲のことを始めて記録に残した地球人だと言われているマゼラン。世界一周の航海に出て、南アメリカ南端に達した時、マゼラン星雲を見つけたのだという。地球人として初めてマゼラン星雲に到達した我々にとっては、何だか縁を感じる人物だ。


1522年、マゼランの船団が世界一周を終えてスペインに帰国した時、乗組員たちは驚愕する事実に直面することになった。出発以来、毎日欠かさず付けていた航海日誌の上での日付と、その日のスペインの日付が1日ずれていたのである。乗組員たちは自分たちの日付が正しいと主張し、大騒ぎになった末、ローマ教皇のところに使者が出される事態にまで発展した。地球の自転と逆向きに世界を一周した場合は、地球の自転の回数よりも1回少なく地球を回転することになるので、1日進めなければならない。反対に地球の自転の向きに一周する場合は、1回多く回転することになり、日付を1日減らすことになる。しかし当時の人々には時差の概念がなく、時差の補正が行われなかったため、このようなことが起こったのである。」


まさに天動説ではなく地動説が実証された瞬間だ。だけど当人たちには驚天動地だったろう。戻ってきたら、自分たちは1日前。故郷の人々は1日先の時間を生きている。1日の時間の空白。これってすごい恐怖だったかも。気がつくと時間にぽっかりと空白があったなんて、怖いものだろうな。宇宙の航海も予測できないことが多くて、時間が異常に早く進むサルガッソーなんてものもあったけど、あれは今思い出しても怖かったよな。

いつしかうとうとしていた南部。ふっと目を覚まして、これは習慣でクロノメーターに目をやった。2150か。いけない、交代だ。あれ、でもタイマーが鳴らなかった。えっ、タイマーはまだあと55分となっている…。

南部は寝台から飛び上がった。タイマーでは
1800から2時間50分経過したことになっているのに、時計では3時間50分経過の2150になっている。

時間が
1時間歪んだ…。時間の空白だ。

部屋から飛び出し艦橋に向かった南部。ドアが開くのももどかしく走りこみ、
「太田、次元の歪みのある場所を通過したのか?」

「えっ?」
普段の落ち着きぶりをどこかに置いてきてしまったように、南部が大慌てで説明するのを聞きながら、太田と相原は顔を見合わせてにやにや笑った。
「南部。落ち着け。確かに1時間歪んでるよ。艦内時間を調整したから。1時間進めるって連絡あっただろ。」
「南部さん。不運でしたね。休憩時間が1時間空白になっちゃって。じゃ僕、交代で上らせてもらいます。」

    23 Sep. 2008

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