二字No. 41同志

ある日の食堂。午前中の作業が長引いた山崎機関長と徳川太助は、向かい合って遅い昼食をとっていた。ランチタイムを大分過ぎた食堂は人影がまばらで、ところどころに遅飯組が居るだけである。
「ここ、いいですか。」
と声がかかり、トレイを持った加藤四郎が山崎の隣の席に座った。
「何だ、加藤。随分遅いな。」
「ええ、ちょっと新人に説教をしていたら遅くなってしまって。」
という加藤の答えに思わず破顔してしまった山崎。四郎を訓練生の頃から知っている山崎にとっては、いつまでも子供扱いしたい気持ちがある一方、立派な隊長になったものだと頼もしいとも思う。
「艦載機隊の新人、調子どうだ?」
「優秀ですよ。なかなか腕のいい奴が揃ってます。揚羽なんか天才ですしね。」
「艦載機隊にしては珍しく、クセのある奴が少ないみたいだしな。」
山崎がにやにやしながら言った。
「今回の航海からは入った奴ら、各班、なかなか曲者揃いみたいですね。機関部はどうですか。確かごっつい新人が入りましたよね。」
「赤城のことか?あいつは民間の輸送船に乗ってた奴でね。新人とは言っても経験は積んでるし、なかなか肝が据わってるぞ。」
と山崎が言うのに、徳川も、
「『宇宙のトラック野郎』なんて自分のことを言うし、体はごっつくて強面だけど、いい奴ですよ。俺、結構、気が合うんだよな。」
山崎と加藤は意外だという顔をした。小柄でいかにも人の良さそうな雰囲気の徳川と、大男で喧嘩っ早そうな赤城。そして誰も表立っては口にはしないが、訓練学校出で、故人とはいえ名物機関長の息子の徳川。片や赤城は何の後ろ盾もない現場の叩き上げ。正反対の組み合わせである。
「この間、話していて意気投合しちゃったんですよ。」

徳川の名前は太助。徳川という苗字だけでもクラシックなのに、名前がこれまた古風。しかも父親が彦左衛門で息子は太助。
「子供の頃は親父を恨みましたよ。兄は彦七で自分の名前から一文字とってつけたけど、次男の俺は太助でしょ。冗談でつけたのかと思ったくらいです。大久保彦左衛門と一心太助ネタで、子供の頃、けっこうからかわれました。」
赤城の方は、大六というこれも古風な名前に加え、赤城という苗字でからかいの的になったらしい。言うまでもなく国定忠治ネタである。
「赤城からこの話を聞いた時、ああ『同志』って思いました。」

徳川の話を聞いて堪えきれずに笑ってしまった山崎と加藤。

「何ですよ。そんなに笑うことないでしょうが。俺は子供心に傷ついて、かなりコンプレックスだったんですから。」
「すまん、すまん。しかしふたりにそんな接点があったなんてなあ。」
山崎が笑いで苦しそうに身を震わせながら言った。加藤も笑いで涙をにじませながら、
「すみません。でもいいじゃないですか。お父さんがいろいろ考えてつけてくれた名前で、うらやましいですよ。うちなんか名前はシンプルがいいってなもんで、上から一、二、三、四ですから。」
「でも加藤はいいよな。俺たちのようなコンプレックスとは無縁そうな名前で。」
「いえ、そんなことないですよ。そういうことなら俺にだって同志がいます。」
「へー、誰だ。」
「真田さんです。」

「うちの兄貴は近所で『サブちゃん』とか『サブ』とか呼ばれてて、それって結構いなせな感じじゃないですか。でも四郎ってのは、『しろちゃん』とか『しろ』なんですよ。サブに比べると、何か間抜けな感じじゃないですか。」
「でも、何でそれで真田さんと『同志』になるんだ?」
「小さい頃、近所に『シロ』って犬がいて、一度、その犬を呼んでるのに間違えて返事をしちゃったんです。それ以来『シロ、シロ』ってからかわれました。これは子供心にかなり傷つきました。でも真田さんも同じことを言ったので、あれはうれしかったなあ。」
少年真田が『シロ』と呼ばれて返事をする図。一瞬の沈黙の後、山崎と徳川が爆笑したかどうかは、ご想像にお任せする。

人それぞれ悩みの種は違う。でも何事につけ、同志がいることはいいものだ。

31 Aug. 2008

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