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【この腕の中で】

−−A.D.2204-05頃
:古代進&ユキの100−No.49「あこがれ」


 
・・・ある夕、地球で・・・

(1)
 

 ん、もうっ!
官舎いえに帰ってくるなり、ぼす、とバッグをソファに放り出し、むっとした 表情の佐々葉子
は、足音も荒く(とはいえ、歩き方がしなやかだし、細身なのでたいして“どかどか”
というような効果は出なかった)キッチンへ入っていった。ガチャガチャと乱暴に棚を
引っ掻き回し、ふん、というような雰囲気で紅茶の缶を引っ張り出そうとして――やめ
て、全部しまうとグラスと氷。――やめっ、酒。いくつか冷蔵庫から材料を取り出して
ガラスの器にほいほいっと盛り付け、さっさとリビングへ戻ってくる。戸棚に直行し、棚
からウォッカのボトルを取り出した。

 そんな様子を隣の部屋から面白そうに眺めていた加藤四郎は、
「どうしたの? 葉子さん――そんなに怒って」
といいながら、柔らかな笑顔でつっと近寄った。
 彼女はソファに座ろうと酒を注いだ手を止めて、とん、とビンをテーブル上に置く。
腰に手をあてて見上げる様子は――おっとと。少し、早かったか? タイミングが。
 ふんっ。
 何を怒っているのかは知らないが、その矛先が自分に向いたことを承知した四郎で
ある。「うるっさい。がたがたいうのは男らしくないわよっ」
……八つ当たり、といえよう。

 ぼす、というような音を立ててそのままソファに座る。
向かいに腰掛けようとして、きっちりグラスは二つ用意されているのを見、思わず顔が
ほころんだ四郎だった。
くるりとテーブルを回って横に来ると、そのままソファに並んで座り、
「あまり怒ると皺が出来るよ…」と言った。
 なんですって! 
ぴしゃ、と叩こうとした手の手首をひょい、と掴んで、まぁまぁ、と胸の中に抱き込む。
バランスを崩し、その腕の中に崩れこむことになって――別に逆らう気もなかった。
 ふいと包みこまれてよしよし、と髪を撫でられると、別段四郎に怒っているわけじゃ
ないし。――そういえば、まだ「ただいま」も「おかえりなさい」も言ってなかったな。
 腕の中から見上げて、「た、ただいま…」と小さな声で言った。
悪戯っぽい目が見下ろしていて、「おかえ…」り、という頃には唇が近づいていて、最
後の言葉は2人の間に消えた。
 んん…。
ゆっくりと気持ちをほぐすようなキスと、温かな腕の中。優しく撫でる手に頭を預けて
いると、なんだかちょっとほっこりする感じ。
――そーいえば。自分の家に帰ってきたはずだけど? なんで四郎が居るんだ?
 は、と体を起こして見つめると、どうしたの? という顔で。その無邪気さに、降参、
という気分だ。
「飯、作ろうか? それとも食いに行く?」
まるで何事にも動じないように、四郎がそう言ったタイミングをみて
「そういえば、なんであんたここにいるのよ」と葉子は言わずもがなのことを言う。
毎日のように繰り返されるこの科白も、もう言う方も答える方も、当たり前になって言
葉遊びの域を出ず、そのバリエーションも相当なもの。だが、どうしても何となく。
“それが当たり前になるのはイヤ”というのは葉子で――これは単なるこだわりなの
だろうか、と最近はさすがに思っていたりもする。
 四郎は−−そうやってぬくぬくと腕の中に抱え込みながら。
……あの小惑星ほしから戻ってきてから、ずっと。このひとは俺の腕の中にいる――居
られる時は、ずっと。だから、こうやって、構っていたい。

 「明後日から出張だろ? 君。それで、俺も明日から月――だから一緒に行こうっ
て、言ったじゃないか」
「あ…」、そうだった……怒りに頭が沸騰して忘れてた、とは言えない葉子である。
今日は休みだから昼間からのんびりさせてもらってたんだよ? 部屋の掃除も食事
の下ごしらえもしたしね? いいコにしてただろ? と顔が言っている。
「珍しいよね、一緒に出張なんて」
嬉しそうな四郎であるが、実はどうやってそうしたかという裏も知っていたり(そのつ
もりだったが、実はマチガッテいたことがこの後、すぐ判明)するし、根回しもした。
案外に人が悪いのだ。
 「――う……でも“一緒”ってわけじゃないじゃない」
「い〜や、どうせ現地では同じ仕事するんだから」
「でも、立場違うもん」
「まぁそうだけど…」
 月へ行けば四郎の方が上官だ。何故か、そうなのである。地上にいて機動部隊に
居れば佐々の方が先任に当たる。いい加減、月は四郎をどうにかしたいのだろうが、
まだ表立って何のオファも受けてないことを不思議に思う葉子だった。

 (誰が見ても、次の司令って、この人だと思うんだけどな――)
だが月へ行けば懐かしい人たちにも会える――そんな楽しみも無いではない。
(あ、だけど今回は監視付きか…)
心の中でぺろりと舌を出してみたりもするが、四郎と一緒の月がもちろん楽しくない
わけではないのだ。たとえ仕事といえど。
 いずれにせよ葉子の方は、戦艦アクエリアスが本格就航するまでの間。あと半年
ほどのことだ。まるでロマみたいにあちこち飛ばされるのもいい加減、便利屋も勘弁
してほしい……せっかく地球に戻ってきたのに。
でも、四郎と、居られるならいいか……など思ってみるのもなんだか不思議な気分
だった。

 急に黙ってしまった彼女にじっと見られているのに気づいて、赤面する想いの四郎
は「どうしたの?」と見返した。
「え? あ…」見つめてしまったことに、気づいた。
 「見惚れるほどイイ男かな?」
ニヤり、というのを声に出すようにして四郎は言って、また、ふい、と腕を取って抱き
込もうとした。
「ば、莫迦っ。なに言ってんのよっ。――生意気だぞっ!」
「あれ? 恋人同士に生意気も何もないんじゃないかなぁ」ニヤニヤ。
「や、何すんの――」「こう、すんだよ〜」
 抱きとめられて、ちゅ。
 いい加減に……しろ――ほら、夕飯、食べないと。
 いや、その前に、貴女食べることにした。
 こらっ、四郎っ。この、すけべっ! 待てって、あ…。
――。

 
 
背景画像 by 「Water Floats」様 

記事中アイコン by 「Little Eden」様、「トリスの市場」様 ほか

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