水の流れに−復興・2

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−−before「完結編」
:お題 No.53「川面」
(1)


 翌朝。
 ――少し雲がかって温度の保たれた空に、僕らは明け方まで2人でまどろんで
いたくせに、わりあい早く起き上がって、朝の空気の中を浴衣姿で散歩に出る。
緑をほどよく囲い込み、大切に育て、また幾らかは元の岩盤や山の肌に植樹もし
たのだろう、昔あった“日本の風景”というものを楽しめるように造られている旅館
の庭園は、あまり作られすぎず、盛り土や中に引き込まれた小川が、良い散歩
途を作っていた。
 「こっち、ほら。魚泳いでる」
 嘘だろ、と思いながら、元気に下駄で先に立っていく彼女を追いかけて、加藤四
郎は、大またにそちらに近づいて、並んで小さな欄干風に作られた積み橋の上か
ら覗き込んだ。――がっかりするかもしれないけどね。
やっぱり、作り物なんだよね。
葦の葉はおそらく本物なんだろうけれども、その合間に見え隠れする生物の姿は、
やはり本物とはいいがたくて。でもそんなものに無邪気に喜んでいる彼女の言葉
を否定するつもりにはなれなくて、曖昧に笑って返した。
 もう一度見直して、彼女もそれが作り物だってことには気付いたみたいだったけ
れど、もう何も言わないでじっと並んで流れに見入っただけで、静かな朝の時間
を過ごした。

 庭に引き込まれた水は安心なんだそうだ。
 悲しいことだが、まだ山から流れてくる川の水は、安全性を確認できるもので
はなくて、温泉に引き込まれているお湯も、相当のセキュリティチェックを通って
きているし、ろ過装置は、夢はないかもしれないけどね。特務室直下の実験施設
としてモニタに選ばれているからこそできる装置。ここでうまくいけば、この地域の
他の宿屋から始まって、いくつかの地域で実験的に配布されるんだって彼女が
言っていた。
――そう。一緒にいる佐々葉子は、現在、地球防衛軍の特務企画室で、科学局
直属の仕事と宇宙防衛軍戦士の仕事を兼ねたみたいな部署にいる。
もちろん、第13独立艦隊=宇宙戦艦ヤマトにも所属しているんだけれども。ヤマト
は現在、その身分は緊急エマージェンシー艦である。防衛軍長官か、大統領。またはヤマトの
三羽烏といわれる艦長・古代進、副長の2人・島大介と真田志朗の3人によるか、
その三つの方法でのみ緊急招集がかけられる。通常各地の任務に就いている
我々も、その招集がかかれば参集する義務と権利を負っている。
 太陽膨張でのヤマト惑星探査への発進のあと幾らかの時を経て、僕らは恋人
同士といえる関係になった(と思う)。ヤマトでの三度みたびの長征から 早くも1年が経と
うとしていて、その艦は時折、古代さんの手に預けられ通常任務に就くことも増え
ていた。
――長距離航行のできる有用な艦を遊ばせておけるほど、軍は暇じゃない。
僕らがそれに乗艦するのは稀だったけれども、そうして、僕も、葉子さんも時折は
ヤマトに乗り組みながら、日々の任務を果たしていた時節だった。
 葉子さんが「温泉なんか、行かない?」
といって誘ってくれたから。
それは“視察”の意味もあるんだけど、プライベートに徹していいから、といわれて
いるんだ。その言葉の通り、昨日此処に着いた僕らは、まるで婚前旅行みたいに
しっぽりと、ゆっくりしていた。
 お湯の優しさと、日本人の取り戻した情緒というか。それと此処の旅館の人た
ち、ましてや女将さんと。
 ゆっくりとした時間はまるで、数百年前から、変わらず続いてきた時そのものの
ようで……僕らが毎日飛び込んでいる場所や、宇宙と。数々の戦いがまるで嘘
のように。

 「四郎――そろそろ、お腹すいた?」
膝抱えて座っていた葉子さんが見上げて言った。
 ふっと時代が飛んだような錯覚。
 宇宙戦士だったり、ヤマトだったりすることはなくって。僕らずっと、こうやって、
平和な時代から暮らしてきたような気がして。
――それに、なんて和装が似合うんだろう、この人。
 手を伸ばして立ち上がらせると、とん、と立って。にっこり笑った。

 「朝ごはん食べたら、あっちの方へ行ってみない?」
庭はそんなに広いわけではなかったけど、裏山が続いている。
「お散歩できるみたいだよ」
あ、でも。まだ温泉にも入りたいなっ――せっかく朝湯できるんだし。
 そう言ってまた楽しそうに笑った葉子さんが可愛くて、僕は、怒られるのを覚悟
で引き寄せるとちゅ、とほっぺにキスをした。
もっと違う処にしたかったけど、朝だし、外だし。少し我慢。
 ん、もう。
 そう言いながらもくすっと笑って、肩を素直に抱かれると、僕らは本館の方へ
歩いていく。
「本当だ、お腹ぺこぺこ」
今さらながらに空腹を意識する。まだいつもより1時間くらいは早いのに。
「あれだけ運動すれば、ね。お腹もすくわよ」そう言われて僕は。
「そうさせたのは、誰ですっけね」
「あぁら。あたしばっかりの所為にすんの?」
 犬も喰わない、やつだった。
 
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