川を背に、風に吹かれ


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−−before「完結編」
:お題 No.03「復興」

= 1 =

 川渡りの風がかすかにそよぐ部屋の中に。

 その女将おかみが夕食を告げに来たとき、 部屋の主はあぐらをかいて浴衣姿の
まま、横になっている女性ひとの顔をぱたぱたと煽いでいた。
額に濡らした手ぬぐいが乗っている。

 「のぼせられましたか……」
穏やかな口調で女将が言うのに、その若者は微笑んで
「えぇ、まぁ……風呂なんて久しぶりで。ちょっとはしゃぎすぎまして」
 見れば十分に若い――この時代にはありがちだが、その精悍な表情の青年
は、まだ20歳はたちすぎと見えた。
 「お食事運びますけれども――お酒、どうなさいますか」と問う。
 葉子さん、どうする、と彼は聞いて、
「お酒、やめといた方がいいよ」と言った。
タオルの下から、細い声がした。
「いやぁよ、飲むの」と。「私、日本酒」
「ビールにしときなよ――酒飲むと酔うよ」
その科白を聞いてほほえましく思う女将。
「お酒飲んだら普通は、酔う」
彼女の答えがまた、女将が思った科白そのものだったから。
 ――すみません、じゃぁ、日本酒をとりあえず2合で。


 地球に居る時は長風呂だ。聞いてみると仲間たちは皆同じ様子で――たっ
ぷりの水を使ってバスタブに手足を伸ばすなんて、本当に地球でしかできない
贅沢。
その心身共に、の贅沢を堪能するのはやっぱり日本人だからなのだろうか。
 だからね――。
 と葉子さんが言い出して、なんと初めて温泉旅行なんか、している。
今の地球にこんな処が残っていたんだ、などと驚くばかりの、山間のひなびた
村に。

 膨張した太陽に痛めつけられ、あらゆる川や海は干上がって……蒸発し沸騰
した大気を地球がまたまとい、水が戻り、そうなってまたイスカンダルやシャル
バートの残された、少しでもと伝えられた科学力を引っ張り出して真田さんたち
が大奮戦した結果…地表はやっと昔の姿を取り戻しつつある――。
すべてが一様に、ではない。それについて不満もあるのだろう。だが、残された
山間の地熱や火山の胎動は、無事だった。だからそこに川が蘇り沼や地下水
が戻ってくれば……形は違えど熱心に温泉街を作り出そうとするのは日本人な
ら当然といえるのだろうか。
そんな処に、僕たち2人、休暇の最後の2日を費やすことにした。
 視察――ってことでもいいんだけどさ。
 真田さんの下で時々は実働部隊なんかすることも多い葉子さんがそう言った。
「温泉、行かない?」
――女の人の常でお風呂も温泉も大好きなんだそうな葉子さん。
そんなこと知らなかった、というか見かけによらなくて。
 豪奢なリゾートっぽいところなんかも、そりゃアテがないわけじゃないけれど。
やってきたのは此処。よく移殖することを政府が許可したなと思われたけれども、
というような山間に。もともと住んでいた人たちの根強い希望と努力によって。

 そうして少しのテレもある、夫婦でもなんでもない僕たち。
宿帳を記入するのも、ちょっと躊躇はしたけれども「加藤四郎」、と書いた横に、
苗字を書かず、そのまま「葉子」とだけ書き込んだ彼女の筆を、僕はちょっとびっ
くりして書かれた文字ばかり眺めてしまった。――いや、便宜上なのはわかっ
ているが。

 「さほどお広くはないのですけれどね、ここからは裏の山と川が少し望めます
わ。朝夕は涼しいですよ」
部屋はあつらえたような和室。情緒たっぷり、というか。
せせらぎが聞こえ、どこからか鳥の声もしていた――演出か? 本物なのか。
 風呂は二つあって、大浴場の方は露天風に三方が仕切られ一方の端は川に
向かっている崖で、それが望めた。川そのものはまだ、完全に生き返ったわけ
ではないけれども、すくなくともそんな気分が味わえる。
壁だけで男女仕切られた間から引かれた泉水は、「家族風呂」という個室も幾ら
かあって、鍵をかけてプライヴェート空間に仕切ることもできる。
……それも人気の露天風呂。そこで少し長く浸かりすぎた、のが、今の葉子さん
と、僕。

  
 
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