連理の比翼


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 ところで、こちら加藤四郎である。

 月基地に正式に赴任が決まり、彼もそれを受諾した。
最初はまだ若いとか、戦艦に未練がある――アクエリアスは諦めざるを得なかっ
たが、輸送艦には欠かせない位置にいた。また真田の手足としてもまだ動く必要
があったのだが。
だが月基地は艦載機隊の総帥を占める位置にある。
生え抜きの実践経験者を――加藤四郎は以前からその名が挙がっており、あと
は時期だけの問題といわれていた。
 「坂本先輩がいるじゃないですか――」
固辞しつつ四郎は言い募っていたのだが、その坂本が火星基地の参謀兼戦闘
機隊長としての地位が決まると、いよいよ後へ引けなくなった。
恋人の葉子にもやんわりと言われ――先だっては、月になぜか2人で暮らそうと
いう家など見に行ったという経緯もある。
「受けなよ――司令職。貴方しかいないのは、冷静に考えればわかるだろ?」
先輩であり、最初は師でもあった恋人――ヤマトの本当の生え抜きの彼女であ
り、前月基地隊長の加藤三郎――実兄と行動を共にした相手からそう、静かに、
真剣に言われて。
 「……どちらも動き回っているよりも。貴女を月で待っている方が良いのかもし
れない」
そんな風に、消極的にではあるが、受諾したのが数週間前だった。

 「行ってくれるな――」
藤堂長官からじきじきに呼び出され、佐々や加藤三郎の時代に月基地司令だっ
た、現・少年宇宙戦士訓練学校長の片岡賛からも激励と推薦の言葉を得て いた。
「――その若さでの総司令は例がないが、君ならやれると思う」
結城一意参謀にもそう言われた。
「君の兄さん以来だな――」白色彗星戦の露と消えた英雄・兄の名を面前で出
すものは多くはなかったが、久しぶりにそう言われて。
「兄は、天才でした――」「だが君はその分、努力家だ。苦労もし、辛い思いもし
ただろ」
四郎の経緯を知り、真田と同期でつながりも深い結城の言葉は優しい。
「――兄さんが月基地の隊長だった時、彼はまだ21だった。だが、軍は壊滅に
近く、ヤマト乗組員しか実戦経験者は居なかったんだ。……そしてその生き残り
はもはや僅かだ。……その地球を守ったのは君らだ ろ? 23歳の総司令とい
うのは初めてだな。喜ばしいことだ――防衛軍始まって以来」
「ですから私では力不足では――」
「古代がヤマトを預かったのは19だぞ……艦長になったのは23だ」
「古代さんと一緒にしないでください」
「……十分、匹敵すると思うけどね、私は」ん? と穏やかに語りかけられて。
「参謀……」

 そんな経緯があって、今日の辞令になった。
 まぁワインでも、と勧められてありがたくいただきながら。
「それでな、加藤大尉」「はっ――」
総司令になることで、時期がくれば加藤の位階はすぐに少佐になる。元ヤマト乗
組員たちはその若さから実績や現場での実力のわりに階位が低く、最も上なの
が技術中佐である真田、次いで少佐のまま大型艦にも乗る古代。ただし、アクエ
リアス就航後、外洋艦隊が組まれる予定なので、その時には中佐になるだろうと
予測されている。
 いかにリベラルで昔ほどにはそれを重視しないとはいえ、軍隊は軍隊。大隊を
率いるためには佐官であることは必須だったからだ。
「月基地に若干23歳の総司令兼艦載機隊総帥が誕生することは喜ばしきことな
のだが――」「やはり問題が?」
こくり、と結城は頷いた。だが深刻ぶろうとしている表情を目が裏切っている。
 「独身――というのはな、ちょっとな」
「は?」
「月基地の総司令は、これまで独身の例がない。本格的に月基地が稼動しはじ
めて第10代の司令だった片岡さんが、唯一の独身だった。とはいえ、ガミラス戦
役で奥さんを亡くされてお子さんは地球におられたからな。完全に一人身という
わけではない。君は若いとはいえ――相手はいるだろ?」
「は、はぁ……」困った顔をして、その頑固な恋人の顔を思い出す。
 「明日、戻ってくるんだろ?」
ぶ、とワインを吹きそうになった。
――誰だって知ってるよな、俺たちのことなんて。
だからといって、名指さなくても。

 「中尉は、結婚はどうしてもいやだと?」
なんでこんなプライヴェートなこと、上官に話さなきゃならないんだ、と思いながら
も、普段話す機会などないから、つい愚痴めいて。周りは独身ばかりで、だいた
い戦艦乗りは結婚しない者の方が多い。結婚して家庭を持つと、地上か基地に
降り、そこの戦闘機乗りになるパターンが多いからだ。自分と佐々もおそらくそ
うなのだろう――ずっと。いつまでかはわからないが。そう思っていた。
知らず、海千山千の先輩相手に、問われるままに話してしまう四郎である。
「プロポーズはしたのか?」「――はい。……30回ほど」
ぶ、とこんどは結城が吹きそうになった。――ひゃぁ。言う方も言う方だが、そこ
まで想われて拒絶できる女ってのも凄いな。内心びっくり仰天である。
「――そんなに“結婚”したきゃ、そういう女と暮らせば、って言われてます」
「ほぉ」
「それが出ると、もう言えなくって」「そんなにあいつは“縛られるのがイヤ”か?」
いいえ、と彼は首を振った。
「『私が、貴方を縛るのが』いや、なんだそうで…」
「ほぉ。それが本心なら――なかなか大した女だな」「えぇ」四郎は素直に頷く。
 その裏には――「いつ、星の海に消えてしまうかもわからないから」
そういう想いがあるのを四郎は知っている。逆にいえば、常に飛び出す時は、
今でも。覚悟決めて飛んでいるということだ――だからこそ、佐々葉子は一級
の戦闘員であり続けることができる。そして、その影には――今でも。兄や山
本さんへの想いがあるに違いなかった。
 そうぽつりぽつりと話すと、結城は深くため息をついた。
 「――ヤマトの連中は、皆。どうしてそう生き方不器用なんだろうな」
顔を上げて。……真田にしろ、結婚はしたが、自分の幸せを求めようとしない。
究極の所でだ。古代にしろ、ユキにしろ。島と沖田さんの遺言がなければ、あぁ
なるのに時間がかかっただろう。相原や南部や太田――あいつらが続いてく
れたのは幸いだった。
 だが。
 宮本も、佐々も、古河も――坂本だって、北野だって。何故なんだろうな。
それほどか。

 「でも、それさえ言わなければ、優しい女ですよ――あったかいし。愛情も、
深い」
「お前、よく平気で惚気のろけるな、そこまで」 そうですか? と言って四郎は顔を上げ
る。惚気てるつもりはないのだ――事実だ、そんな気持ちで。

 この客観性がいけないのかもしれないな、と結城は思う。
佐々と加藤は――互いを珠玉の一対でありながら、どこか突き放して見ている
ところがある。互いが自分のものではない……公職に就いており、しかも士官
であれば、確かにある程度無私の部分は仕方ないところもあるが、これはまた
極端ではないのだろうか。
「――で、だな」
はい? と四郎はまた問い返す。
「嫁さん連れてけや――」「えっ!?」
「形だけでいい。式だけでも、挙げないか?」
「え〜っ」 びっくりして礼儀も忘れてしまった四郎である。
――月に家買ったことは知ってるぞ? 佐々だって、其処へ戻ろうという気はあ
るんだ。だからこの際……正式に結婚しなくてもいい。加藤四郎総司令は既婚
だ、と。それで佐々が月へ帰省すればよいことだ。その辺は古代艦長に諮って
融通をきかせてもらうようにするから。
「……それは。俺はやぶさかではないですけど。でも、その方法が、『式』で
すかぁ?」
葉子がうん、というわけはないだろう――アイデアは良いけどなぁ、と思う四郎
である。
 「大丈夫だ。お前がその気があるのなら、根回しはこっちでしてやる」
「上官命令ですか? 聞くかなぁ…」「いや、まぁいろいろ方法も人材もあるさ」
「参謀――」
「出発は来月だったな」「はい――」「また連絡する」
 そういうことに、なったのだった。

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