連理の比翼


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= 8 =

 楽隊の横にある一段高くなった主役席に戻り、ライトに照らされる格好になって
座る2人。さすがに姿勢もよく、乱れることもない。次々と挨拶に来る人々に礼と
返杯を返しながら、また写真に納まりながら相対する。
 会場はうわんうわんというような音に包まれ、時折BGMも聞こえにくいほど
だった。
だが、出席客は皆、この会へ出る権利を得たことを喜び、それぞれのクラスに合
わせ楽しんでいる。それは一つ高い処からそれを眺める2人にもよくわかった。

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 エンディングに近くなると、会場の何箇所かに下げられたスクリーンに、会の間
に撮られた様子がそのまま映写される。この早業は、なかなかの演出で好評
だった。
今度はディ・アース・シンフォニー・オーケストラによる音楽が数曲続き、その画像
を眺め、料理の残りを堪能しながら会を楽しむのである。
「さて、皆様。ここで会場の皆さまにもお楽しみいただきたいと思います。テーブル
におつきの皆様方には、足元にご注意ください」
南部美樹の声がして、テーブル席がそれごと動き始めた。
 おお〜、という声がすると、テーブルごと外へ向け動き始める。回り舞台の要領
なのか、中央にあったものほど移動距離が大きく、後ろのブッフェに群がっていた
立食客たちのエリアには影響がない様子だった。
照明が変わり、会場が明るくなる。1曲が終わる頃、見る見るうちに中央にスペー
スができ、カラフルな光がそこに降っていた。
 「ダンスタイムです。……どうぞ」
プロのダンサーたち数組が先導する中、来賓の中でパーティ馴れした者たちが先
導してフロアに出た。
「さ、俺たちも行こうか…」「えぇ」
主役が踊らないわけにはいかない。すい、とテーブルから立ち上がって四郎がエ
スコートすると、わっという拍手が沸いた。
 軍服の正装につけるグローブ、そして女性のドレスの長手袋は昔の貴族の正装
である。葉子は一度着替えていて、俗に言うお色直しというやつだが、むしろ今度
の方が華やかな色のふわりと膨らませたドレス。しずしずとフロアに出るとまたフ
ラッシュが炊かれた。
「ユキ―― 一緒に。古代も」
正面のテーブルから2人を誘い、2人が顔を見合わせて立ち上がると、また会場
がざわめく。雛のような一対。そして手で寒河江夫妻を招くと、壁際に立って始終
を見守っていた寒河江と彩香もフロアに出てきた。
 3組が滑り出すと、音楽がワルツに変わった。
古代も加藤も場数というものがあり、それなりにダンスもこなすが、さほど堪能と
いうわけではない。踊れる曲に限りがあるのを承知していたとみえる。
ユキと葉子はその点問題はない。

 滑るようにフロアを行く3組。中でも葉子のステップと身のこなしは群を抜いて
いた。
それもそのはず――正式にダンスを学んでいたのだから。
 その様子を見て、テーブルに座り、ちびちびと酒をやりながら津島らと談笑して
いた酒井がふとその津島に囁いた。
「――おい、お前。思い出さないか…」「あぁ…」
2人の脳裏に浮かんだのは、訓練学校の2年生の冬のこと。そして、同時に浮か
んだのは、山本先任に腕を取られ、見事にステップを決めて驚いたまだ10代だっ
た葉子の姿だった。
「キレイなツリーだったよな…」「そうだ……先輩と葉子。綺麗だったな…」「思い
出すよ」
2人の瞳に間接照明が光を差していた。涙が浮かんでいるようにも見えたが、そう
ではないのかもしれなかった。ただじっと見る先に、音楽にのって美しい動きを見
せる、恋人の腕の中で幸せそうに踊る葉子の姿である。

 2曲ほど過ぎたあと、ぞろぞろと人の輪が崩れ始めた。多くの人たちがフロアに
出、また四郎は「行っておいで」というように古代たちのテーブルに腰掛ける。ユ
キや彩香には申し込みが殺到していたが、彩香は丁重に笑顔で断って作業に戻
り、ユキはそのうちの一人の腕を取った。そして佐々は……。
「お、おい。俺か?」真田志朗がぎょっとした顔を上げて、するりと手を差し出した
佐々に引かれて立ち上がった。「もう、ダンスなんて踊れないぞ」
困った声は本気なのだろうが、真田がそこそこ社交ダンスをこなすことは、ヤマト
の元幹部メンバーなら知らない者もない。ましてや加藤や溝田ら元イカルス組には
周知の事実だった。
 佐々に引きずられるような格好で、真田がフロアに出ると、わぁと周りから歓声
が沸いた。中でも興奮しまくっていたのは配下のOLたちである。
「きゃぁっ、局長素敵ですぅ〜♪」「真田さ〜ん!!」「や〜ん、すてきすてきぃ」
叫びまくりである。苦笑する向坂に、佐渡も「ほりゃ、わしもいくかな」「サドセンセ
イ、私モオドリマス」。相変わらずアナライザーとコンビのようである。

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 「月でだと、アレがやれないのが残念ですね」
美香たちのテーブルで昔馴染みの連中が集まる中、誰かが口を開いた。
「あぁ――航空ショー?」「そうそう」と飛行隊員が答える。
「地上のお式なら、空にでっかい花火上げてやるんですけど」
「そうですって。我らが航宙機隊のトップのお2人ですからねぇ」
実に悔しそうである。
「そんなもんなのかね」横田が笑い、「ほんっとあんたたちって。空飛ぶことっきゃ
考えてないのねぇ」と楽しそうに笑い、「そうなんですよ、皆、同じですって」「そんな
もんっす」と笑い合った。

 この束の間の夢――幸せな会は、終わりを告げようとしていた。

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