連理の比翼


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= 5 =

 会場の内部に作られたバルコニーに月光のような光が注ぐ。
まぁここは月だから“月光”といっても冗談に過ぎないが、そういう演出なのだろ
う。3階程度の高さに佇む佐々は、そこから手を差し伸べ、その横顔がくっきりと
淡い光に浮かび出た。
――見上げる会場の人々からは、ほぉ、というため息やしわぶきがあちこちから
聞こえてくる。静かな音楽が流れているが……やっぱり生演奏を持ってきてしまっ
た大河家ご一統である。息子の代わりに……といわれれば、それは本物の音楽
が奏でられれば過ごす時間ときの流れも違うだろう。
 何故かプロコフィエフ――ロミオとジュリエット。やめてくれよ、バルコニーのシー
ンなんぞ。…そんなネタわかる人居ないってば、と思いつつも、ニヤリとする人も
これだけ客が多ければかなりの割合でいたりもする。
 本当はゴンドラで降りようといわれたが、「そんなことすんの、絶っ対っ! イ
ヤ!!」とわめかれてしまって、ごくシンプルにバルコニーから階上を歩いて きざはし
降りるだけにした。その方が、普通の人なら間が持たないかもしれないが、少し
サービスのつもりもあり、またあまり明るくないから音楽に合わせて歩けといわれ
ても、それはそれで気分が悪いわけでもなく……踊りの教養もある彼女にしてみ
ては、所作だけでその気になれば場を持たせるくらいはわけはない。
 ゆっくりとバルコニーに姿を現し、空中に手を伸べて(これは、絶対やってくれ
といわれたので仕方なく)、それから少し上を向いた横顔は本当に綺麗だった。
下を見、その人々の姿がぽおっと浮き出して(おいぃ、こんなに? ……凄いな)
と思いつつ――そういえば招待客は150人を数えた。それが基本的にペアで、
だから300人は居る勘定。そのほかにも……ざっと500人くらいが会場に何らか
の形でいると思ってください、そういわれている。
気を取り直して王女よろしくひらひらと手を振り、やおら階上の細い道を歩き出
す。ゆっくりとドームの上を回り、そのドレスに光があたって時々光った。

 中央に用意された赤い絨毯の敷かれた階段の上に立ち止まる。
徐々に明かりが増して、そしてすっとスポットライトが下から当たり、そこに、凛々
しい軍服姿の加藤四郎の姿があった。階段をゆっくり途中まで上り、花嫁に手を
差し伸べる。
ふわりと降下するように彼女は優雅に降りてきて、その手を取った。
 するりと並んだのは階段の中央付近。一斉にクラッカーが鳴り、会場がどよめ
き、盛大な拍手が沸いた。左右から白い花が降ってくる。
その中を、白い長手袋を嵌めた佐々は、加藤四郎の軍服の腕を取り、ゆっくりと
降りてきた。
 連理の比翼――。
 この後、おそらくこの2人はそう呼ばれるようになるのだろう。
加藤の制服姿は見惚れるほどで、失神しそうな女性たちがおそらく会場のあちこ
ちにいるのだろう。制帽は新しい階級のもの。
 そして、再び途中で顔を見合わせ立ち止まり、揃ってお辞儀をした。
また拍手が沸く。
 さらに右手方向を見るのに連れて、その部分に明かりが差した。
2人ながらに、佐々はドレスのまま――ぴっと手を挙げ、敬礼をすると、そこに並
んでいるのは飛行隊の制服を着、縦列に並んだ月基地の精鋭たち――これから
四郎の傘下に入る者たちの列である。
 軍楽隊らしきものが進み出て、ファンファーレを慣らし、それに嫣然と応える新
総司令。
 そこから一歩、隊長らしき者が進み出て、祝辞を述べた。
加藤四郎とそのパートナーである佐々葉子を、月基地にお迎えできて光栄であ
る。伝説の女戦士殿がこのような美しい花嫁でおられるのを目の当たりに見、わ
れわれは極めて幸福な思いで明日からの日を迎えることができる、そう簡単に
述べた。
その挨拶が終わると、その前に設置された段に2人は上がり、ドームは明るく
なった。

 黒装束の1人がその壇の上に立ち、2人に頷きかける。
“ここで、誓いの言葉をお願いします――”
神前も、教会式もやめた。いわば人前であろう。牧師風の衣裳を付けた1人が
厳粛に2人に向き合い、2人はそこに並んで立った。
 あたりの明かりが少々落ち、蒼いスポットライトが2人に当たる。
「加藤四郎――貴方は、この佐々葉子とともに、生涯を歩むことを誓いますか」
「……はい。わたくし、加藤四郎は、佐々葉子を生涯愛し、共に歩むことを誓い
ます」
「佐々葉子――貴女は、この加藤四郎とともに、生涯を歩むことを誓いますか」
「……はい。わたくし、佐々葉子は、加藤四郎を愛し、共に戦い、連れ添うことを
誓います――たとえ、体は離れ離れでいても」

 通常の“誓いの言葉”とは多少おもむきの違う科白だったが、 それは2人の、真実
の誓いだっただろう。
 言葉が終わると同時に、白い雪のようなものが上から降り、それに光が当たっ
てキラキラとダイヤモンドダストのように輝いた。
軍楽隊がファンファーレを鳴らし、カンカンカンカンと、 ふねの鐘のようなものが鳴
る。大きな拍手と、「おめでとう!」「おめでとう!!」「幸せになっ」という声が飛び交
い、客席からクラッカーの派手な音があちこちで鳴り、テープが飛んだ。

ハートアイコン

 加藤四郎が横の佐々に少し笑いかけ、そしてマイクを取る。
「本日は、私どものために、わざわざこの月までおいでいただき、ありがとうござ
いました。皆さまのご期待に沿うには、まだあまりにも若輩者の2人ではあります
が、今後一層精進し、地球のため、月のため、そして皆さまと宇宙の平和と生活
のために、力を合わせて努力していきたいと思います。どうぞよろしく――そして
本日は、私どものことはさておいても、十分お楽しみください。
月基地の一部も開放されています、見学もできますので、どうぞ」
――ついでに軍のPRも兼ねろ、そういう指示もあるし、新総司令である加藤自
身の考えもある。これだけ月に注目が集まったのだ。一般の人たちにも、理解を
深めてもらおう、そんな含みもある。実際、結婚式だけではなく一泊2日または
数日滞在して、月を観光していこうというツアーを組んだ者たちも客のなかには
多かったらしい。もちろん、それを軍の協力を取り付けて企画したのは寒河江
グループだ。
 また一斉に音楽が鳴り始めた。

 次々と料理が供され、テーブル席に着いているものは主役たちと近しい特別な
人たち。その後ろの立食形式のテーブル周りは自由に誰でもが食べられるバイキ
ングが店を並べている。これも寒河江と南部の系列や何から粋を尽くした料理が
並び、これを食べるだけでもここに来た価値があるというものだろう。
 その間を、2人はキャンドルサービスよろしく回ることになっていた。

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