連理の比翼


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 そして最終的に葉子が出した交換条件――これはただ一つ。

 「え、なんだって?」
「月で、やります――」
えぇっ!
 地球でやるに比べ、設備も、人の集まるのも、様々難しい問題がある。人が簡
単に集まれるわけでも、放送局が入り込むわけでもあるまい。
理屈としては、月に赴任し、月に住むわけだから、それでいいだろう――こういう
わけだ。
 月は現在、地球から最も近いコロニーとして火星に次いで人が住んでいるし、
開拓も進んでいる。住人ももちろんここで結婚したりなんかはしているわけだ(ま
だ子どもを生んだ例はないが――地球へ“里帰り”出産するらしい。医学的に実
例がないためである)。
 少なくとも規模は縮小できるだろう――そう考えた。

 あとでそれが浅薄だったと、葉子を責めるのは筋違いというものだろう。

ハートアイコン

 月がいかに大きな町を抱えているといっても、まだ民間の居住区そのものが基
地を中心に取り巻いていることには違いない。最初から計画都市として作られよう
としている火星と異なり、月はあくまで基地ベースの街である。
 軍艦がずらりと並んでいるだけでもその威容は見る価値があったが、民間エリ
アに常にない混雑ぶりで大型中型小型艇が揃って並ぼうとしている。続々と集まっ
てくるのは、どうしてかというと、月基地の一大イベントが行なわれようとしている
からだ。
 さすがに星間テレビ局は、“軍の中だから”ということで、地元ケーブルテレビし
か許さなかったが(撮影ポイントとタイミングも厳しく規制された――それでもだ
いぶんおおモメに揉めた。ケーブル局がその画像を高額でキー局へ売るのは間
違いなかろう――そうしなければ今日の花嫁が、その主役であるにかかわらず、
いつ“辞める”と言い出しても仕方ない相手だったからである)、来賓は数は多く
はないものの、華やかで、特に、先ほど就いた特別艇から降り立った人々を眺め
ただけでもミーハーな女性陣なら気絶ものである。
 友人たちと家族には特別艇を出すということで、納まりがついた。
「――お金、あんまりかけたくないんだけど」という葉子に対し、「PRになるんです
から、うちで持ちます。燃料費と人件費払ってもお釣が来ますわ」と請け合ってく
れた美樹がそう言い、兄の南部は南部で「自家用艇を出すから良い」と言ってき
た。関係者のVIPについてはその本人が運転し送迎するというのだから確かに
リーズナブルだろう。
 会場にしつらえられたチャーチ…イベントや会議用の単なるドームであるが、そ
こには3日前から様々な準備のためにいろいろな業者が出入りする。もちろんそ
の業者たちも、月に出店を目論む出先機関の持ち主から、今回のために特別便
を仕立ててきたものまで様々あり、なんとも賑やかなことになっていた。
会場は軍施設に隣接しているため、セキュリティのこともあり出入りは厳しかった
が、そんなものをものともする商人たちではない。その基本は寒河江系列が仕切
り、納入される多くのものは南部のチェーンの息がかかっており、すかさずどうい
うルートを伝ってか、AGEHAも名乗りを上げてきて納まりがついていた…それが
直系の美樹を社員として雇い入れた目論見だったのか、あとを継ぎ総帥になる
はずだった故・武と南部の長男・康雄とのつながりだったのか…。軍事の強い
分、月とのルートがあるともいわれている。

 そしてその主役たる“花嫁”は――。

 どうにか不機嫌にならないようにするのに精一杯で、友人たちに世話を焼かれ
ては、「あぁ、貴女はきれいにしててくれればいいから。夜更かしや働きすぎは美
容に良くないわよ」などと、この忙しい時期によく休みなんか取れたなという古代
ユキにまでそう言われて、彩香とユキが楽しそうに物事を進めていくのを、もうど
うにでもなれ、という気分で眺めている。
 四郎は四郎で、月へ来てしまえば“やっておきたいことがあるから”というので、
基地の奥まった方へ行ってしまって忙しそうだ。――そうなると事前に買ってお
いたマンションがやたら役に立ち、その部屋のリビングなどはすっかり“開設準
備室”の様相を呈していた。
だが、さすがの四郎で、マメに基地から戻ってきては、「様子、どう?」となにやら
運んできたり作業したりするので、放っておかれてご機嫌斜め、なわけではない
葉子さんである。
「あ〜、そっちの部屋。書斎にしてもいいし、私、ベッドルームの横の小さい部屋
に資料置いて。あ〜、それこっち」
別にお引越しするわけではないし、四郎は基地の奥まった中に立派な公邸が
ある。
総司令ともなれば広い住まいが与えられて普段はそこで暮らすのだから、此処は
本当にプライヴェートスペース程度のはずなのだ。
 だがリビングには洋服のケースや様々な小道具、荷物が散乱しており、食事を
作るどころではない様相。仕方なくデリバリを頼んだり、基地の食堂で済ましてい
る2人だった。葉子は最初、「私、私用で基地の中に入るわけにいかない」などと
言っていたのだが、月基地にいた時期は葉子の方が遥かに長い――もともと此
処出身である。たとえ前の基地が壊滅し、新造された此処は馴染みのない場所
だとはいえ。

 なんとなく、まるで新しい生活を始めるかのような大騒ぎに、“月でやる”こと
にしたのを激しく後悔した葉子である。

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