連理の比翼


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ハートライン

 「やっぱり――綺麗よねぇ」
これで何度目になるか、うっとりしたため息をつくユキの前で、鏡に自分の姿を映
しながら、お前にそんなこと言われても本気にできるか、っと内心毒づいている葉
子である。
純白だけは勘弁してくれ――。
結婚式・花嫁・ウェディングドレス、といれば白だろう……という世の中の常識に
は、ともかく逆らってみた葉子である。その、意味合いが嫌い。それに――なんだ
かちょっとセンチな気持ちになりかねないし。いろいろな意味でそれは、イヤ。
強行に反対して、淡い月の光のようなドレスを纏っている彼女である。
光の具合によっては虹色に輝く――うっすらと青い色が光るのが、普通なら顔色
を暗く見せるのだが、彼女のすっきりとした目鼻立ちに映えて、かえってそれが陰
影を持たせ、美しく容姿を引き立てた。
「難しい色なんだけど――よくうつるわね」
ふぅとため息をつくように見て、「やっぱ葉子って美人よね、こうして見ると――」
そういうユキに、どれどれ。と横からくりくりと悪戯っぽい目で見る女。お前、よく
こんなところで油売ってる暇あるな、のくされ縁の悪友・横田美香がじろじろと眺
め回した。
「うん――これならどこに出しても恥ずかしくない花嫁さんだわ」
これまであまり接点は無かったはずだが、何故かここのところ、美香とユキが意
気投合しているようなのが気色の悪い葉子である。実際は葉子を大事に思って
いる、というところと、戦中派のプロ同士、という意味で案外に正反対に見える2
人は気が合ったのだが――この女と気が合うようじゃ、ユキの性格だって知れた
ものだと思う葉子の想像も、さほど遠く外れているわけではない。
「――やめろよ。こんな格好、柄でもないんだから」美香は友人といっても“悪友”
の方。面と向かって褒めあうなんていう関係じゃない。にくまれぐちがせいぜ
い――だが、困った顔しながらも、鏡に映った姿は、さほど悪くも無いなと思う自
分。――でも、化粧をしてドレスを身に纏った女は、これ、誰? という感じだ。
……私じゃ、ないみたい。

 「本当にね――綺麗だこと。四郎には勿体ないくらいのお嫁さんですよ」
着付けの手伝いをしていた加藤の母・潤子がそう言って、満足そうにその姿を眺
めた。「それはそうよ。もともと葉子さんは美人なんだから――ふだんの格好でも
充分綺麗だけどね」義姉の桂がそう言って、ユキや美香も頷いた。
彩香や南部たち仲間に加えて、思い切り盛り上がっていたのが加藤家の面々で
ある。加藤の母はさすがに小学校の教師で多忙の身だから1週間前から休んで
盛り上がるというわけにはいかなかったが、その分、一郎の未亡人(?)桂が地
球での準備から月への移動まで、世話を焼きまくってくれた。もともと世話好きに
加え、多忙な潤子に代わって三郎や四郎まで育てた女性である。まるで母親のよ
うに接するのが楽しくて仕方ないという風情で、「本当に、四郎には勿体無いわね」
が口癖のように。その気持ちが嬉しくないわけではない葉子でもあった――気分
的にはその潤子も、父親の憲次すら同じだったようで、思えば4人の男兄弟のうち
唯一残された息子のためとあれば、その気持ちは十分わかろうというものだ。
ましてや工業労働者として一生を過ごすことを選び取った父親にとっては、その息
子が月基地の総司令という異例の任官。――男としての晴れやかさを一身に浴
びたような気持ちもして、それでこのような美しい花嫁を伴う――美しいだけでなく
健気で優しい、しかも頭が良くて皆に尊敬されるデキた女性だとなれば、喜ばない
方がどうかしている。職場でももう嬉しくて仕方ないらしく、この実直な男にしては
珍しく皆に吹聴してまわっただけでなく、お祝い(記念品と紅白饅頭だったらしい)
を配ったというからその興奮ぶりが想像できるだろう。
その父親は、前夜やっとやってきて、現在は会場の方で準備を手伝っている。

 「準備できたかぁ?」
ユキの夫の声がして、正装した古代進が姿を見せた。
部屋中が一瞬、固まる――のは、加藤の母をはじめとして女性陣が――葉子も
含め、見惚れたからに違いない。艦長の正装をした古代進の姿は――これはユ
キでなくとも、惚れてよし、という見事さだ。ヤマトの頃より貫禄も付き、しっとりと
した落ち着きも見えてきたように思う……相変わらず顔は童顔で少年のようだっ
たが、威厳のようなものが備わってきたのはその置かれ続けている位置からすれ
ば、必然の結果ともいえた。そんな古代は、一見の価値がある。それを口に出す
のは天然で長い付き合いの葉子くらいなものだが。
「……古代ぃ、お前、そうしてみるとほんっと、イイ男だな」
は? と古代が驚いて、顔を赤くした。「――何言ってる。今日の主役はお前ら
だろ?」
「事実を言ったまでだ――う〜ん、これじゃ誰でも迷う」
「葉子っ」顔を赤くしてユキが小さく睨んだ。くす、と笑い返して、2人して赤くなる。
「艦長の正装は初めて見ましたわ――」声がいつもと違うぞの横田である。だいた
いイイ男に弱いと自分でも言っているだけに、ちょっと上ずっているのは仕方ない
だろう。
「めったにするような格好じゃないさ。実用的じゃないしな」
照れ隠しか古代もそう言って、「佐々。そろそろ行かないと――いろいろ手順があ
るんだからな。……準備はできましたか?」最後は加藤の母に言って、いつもお
世話になっております、と軍人らしく挨拶をした。
 並んで通路を歩きながら、古代は妻にこっそり囁く。
「佐々ってやっぱりキレイだな、見違えたよ」
その妻は夫の腕をつねって言った。「まぁ――だからいつも言ってるでしょ? 葉
子は美人なんだってば。艦内投票ミズ・ヤマト3位は伊達じゃありませんからね」
くすっと笑い合い、そうだったな、と言った。「――加藤が惚れ直すぞ」
「……これ以上惚れちゃったら大変だわ。アクエリアスに乗せて貰えなくなるわ
よ?」
「そりゃ困る――」楽しそうな2人ではある。

 歩いてたいした距離ではないとはいえ、会場までは相当時間がかかるので、構
内カーが迎えに来ていた。
(ど、土門――)
「お迎えに参上いたしました。お手をどうぞ」ホストよろしく、ホテルのコンシェル
ジュのような格好で言うのに、「あ、あぁ……」としずしず席に納まる葉子である。
……ドレスを着ていると自然、裾裁きからそういう動作になってしまう。
だが、皆が驚いたことに、その立ち居振る舞いは普段の葉子とは別人のようで
――着慣れているという印象があった。
(――こんな格好、しなくなって久しいからな)本人もそう思ったのか、一瞬だが懐
かしい時代を思い出していた。
(……母さん)思い出すことも稀な顔と姿。そして、何故か、山本明を。

ハートアイコン

 本番が始まる前にその姿を見た四郎が、茫然自失、というように感激していたと
か、どれだけ大勢の人が、詰め込まれるように会場に集まったかとか(なんといっ
ても、宙港やホテルエリアから会場前に市が立ったほどである)、一見して華やか
な様子に葉子がおじけついたとか――もちろん、彼らの関係者が会場入りする以
前からの厳戒態勢がどのくらいすさまじかったかとか。地球で行なったいくつかの
結婚式――相原や古代や太田の、に比べればずいぶん楽で、それは出入りが制
限されている月だからこそのこと。そういった意味では佐々と加藤の打った手は、
その職場である軍や警察関係者には感謝されてよかったかもしれない。――そし
てそういった事前のことどもは脇へ置いておいて、いよいよその華燭の展が始ま
る日。
当日の朝(?=もちろん、月時間で)である。

 式の前にちょっと寄りたい処があるから、と葉子は手洗いへ行くついでに入り口
付近の小さな控室の戸を叩いた。カチャリと扉が空いて、やはり軍服で正装した
小柄な姿が現れる。
「古河――」「あぁ……」そう言ったきり、目を見開いて絶句した。
 (あぁ…きれいだ)
目に焼き付けておきたいと思ったほど、美しかった。
(俺の女神――)
たおやかで、普段見せている厳しさの気配もない。柔らかく微笑んだ様子は、その
笑顔を向けられたすべての男たちがそのために命をかけようという気になる。
だがやはり鋭角な顔の表情は、佐々葉子というその人そのもので――あぁ、やっ
ぱりキレイだな。と惚れている自分を再確認するのだ。
不思議と辛さもなければ、何もない。――「幸せに、な」そう口から自然に出た。
「……何言ってる。私は私で――今日の式が形だけのものだって知ってるだろ?」
少し首をかしげて笑う様は、口調を裏切りかわいかった。「でも、ありがとうね」
と言って。
 「キスしても、いいか?」少し微笑みながらそう言った。断るかと思ったけど、こく
りと頷いた彼女に近づいて、ドレスのままの腰を抱き、両頬に軽く唇を寄せた。そ
してぎゅ、と一度だけ抱きしめて。
――唇にキスするほど無作法じゃないさ。
にこっと笑った古河も、そりゃ見る人が見れば絶品にいい男だったのだが。
「じゃ、俺も会場に行くから」そう言って、部屋を出る。
「ありがとう――それに。これからもよろしくな」ドレス姿なのを忘れて敬礼してしま
い、あら、と言って笑う様も可愛かった。
 その後ろ姿に手を上げて、微笑む古河大地――。やっぱ、かわいくてイイ女だ
よな。
いいさ。これからも一緒だ――同じふねで。 だから、俺が守ってやるから。
加藤と幸せにな。素直にそう思った大地である。

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