連理の比翼


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= 6 =

 キャンドルといっても本物を使うわけにはいかない。酸素の消費が激しすぎるた
めだ。ダイオードで代用した光の出るもので、それに花がついたものを、2人で
持って席を回る。

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 「皆様、これに続きまして、ご来賓の方々からご祝辞をいただきます――それま
では、それぞれお食事、ご歓談ください」
相原の声がして、会場は喧騒のような騒ぎになった。

 「佐々さん、こっちこっち」「加藤、こっち向けよ」
最初のテーブルには古代夫妻や南部たちが座っている。とはいえ司会のマイク
や舞台裏へすぐ出入りできる場所なので、南部や相原は立ったり座ったりだ。
佐渡とアナライザーも参加しており、「先生、もうお酒いい加減になさらないと」と
ユキに睨まれていた。「ええんじゃい。こういうめでたい日に呑まんで、いつ呑むん
じゃぁ? 四郎もすっかり立派になって……こりゃ加藤に見せてやりたかった
のぉ…」ぐし。この場合の“加藤”というのは、兄・三郎を差す。大切な女性と大切
な、弟。生前の加藤三郎を知っている者なら、誰よりも彼が喜んだだろうことを想
像するだろう。「佐渡先生…」――2人は顔を見合わせて、その温かい心栄えに
感謝した。「佐々サン、キレイデス。加藤サン、幸セニシロヨコノヤロー、ゆきサン
ダケジャナクテ、佐々サンマデヨメニ行ッテシマウナンテ、コノ世ハ闇…」調子の
良いことを言いながらもぴこぴこと嬉しそうなアナライザーに、テーブルでは大き
な笑いが沸いた。
 相原がカメラを構えて撮りまくるのを、「もう、いい加減にしろよ」ちろ、っと睨む
葉子である。
「あっら、いいじゃない? 二度とこんな格好しないかもしれないんだから。撮られ
ておきなさいよ」とユキが言い、
「あぁ――本人の許可なくネットで流さない、という約束をするんなら、だ」
とじろと睨まれた相原である。
「やだなぁ、佐々さん。そんなことしませんってば」……全然、当てにならない。

 「それにしても、お似合いだぞ、加藤――良かったな」古代艦長もなかなか見事
な軍服姿で先ほどから回り中の視線を浴びている。ひっきりなしに挨拶に寄って
くる人たちに相槌を打つのに忙しかったが、しみじみ2人を見上げてそう言った。
その姿ではくつろいで座るというわけにもいかず、かっちりと肘を張り背をぴしっ
と伸ばした姿は古代にしては珍しい。横のユキも、淡いオレンジ色のドレスに身を
包み、まるでそこだけ光が差したような美しさ――やっぱりユキさんは特別だと皆、
思う。そして2人の仲むつまじさも。
「――ありがとうございます」誇らしげに頷く加藤と「古代……」そう静かに返す佐々
には、どんな想いがあっただろう。その隣には、やはり満足そうに見ている古河が
いて…。太田や宮本は来れなくて残念がっていたが、その代わりのように豊橋が
腕組みして頷いてくれた。
「これからも、よろしく頼みます」
加藤が古代と古河、そして豊橋に頭を下げる。
……俺の代わりに、彼女を。ずっと、守ってやってください――。その想いは十分
に伝わり、男たちは柔らかい笑みでそれに返した。
「こちらこそだ、なぁ。古河、艦長」豊橋が言って、古河の肩を叩いた。

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 「お姉さん……やっぱキレイぃ」
主宰の一人であって先ほどまでは裏を駆けずり回っていたはずが、部下や同僚
たちが「本番くらい親族なんだからゆっくりしなさい」といってもらったのを良いこと
に、寒河江と2人、テーブルについて満足そうにその“出来”を眺める2人である。
「お義兄さん、お義姉さん、こんなに素敵だと思いませんでしたよ」
「君のプランがいいんだ」
お世辞かもしれないが、極力希望を容れてもらったらこうなった。あれもいやこれ
もいやで苦労したとは思うが。この、気持ちのよいずいぶん年上の義弟たちの結
婚式ももうじきだなと改めて幸せそうな2人を見る葉子である。
 「どうも…このたびは、いろいろと、本当にありがとうございました」
葉子は加藤憲次・潤子夫妻に頭を下げ、「まぁ。一緒に居られないとはいっても貴
女だって娘みたいなものなのだから――いつでも。できることはするわよ、できな
いことはできないんだし」そう鷹揚に笑われて、なんだか胸の奥があったかくなる。
桂義姉親子と、中川と詩織夫妻も(もちろん仕事の思惑もあっただろうが)わざわ
ざ本拠地からやってきており、久しぶりに親族集まったということで話も弾んで
いた。
 四郎の甥・姪に当たる長兄の子どもたち、朗、重音かさね は初めての月体験とあまり
の幻想的な雰囲気に興奮を隠せない。特に中学生になっている重音は美しい演
出や葉子の花嫁姿に夢見心地だった。大人しい子だが、もともと葉子に憧れて
いる。そして詩織の息子・悠太――こちらはまだ小さいからか、ちょっと疲れて眠
そうだった。

 真田が多忙の中、やって来れたのは僥倖だっただろうか――いや。四郎の赴任
に合わせ、業務の刷り合わせがあったからにも違いない。半業務半休暇で来てお
り、昨日到着してからすでにある程度の仕事は2人でしていたようである。技術的
な部分の中枢を占める真田志朗にとって、イカルスで短期間だが共に暮らし、共
義娘むすめを育て、弟とも息子とも思える弟子の加藤四郎が 月を押さえているという
ことは彼のプランの中においても重要なことになるはずだった。――だがそれは
まぁ良い。
心から、2人の幸せを望んでいる。
 「真田さん――こういうことになりまして。本当にご多忙な中、ありがとうござい
ます」
テーブルに回ってきた2人がニコニコと座って皆を眺めたり、向坂らと談笑する真
田に声をかけた。「真田さん、このたびは」ぺこりと頭を下げる佐々はもう少し気楽
な仲だ。「君も似合うな、こういう格好が。皆、喜んでくれてるに違いないさ――」
真田の言葉の裏には宇宙に散った仲間の思いがある。加藤三郎、山本明、吉岡、
工藤、松本、斉藤始、そして島大介――沖田艦長も。こくりと頷いた佐々のほん
のり薄紅色の頬は、ふだん無表情なだけに色っぽい気もする。「リエさんがお忙
しくて残念です」「あぁ……なんだかひっきりなしに仕事が沸いてくるような状態で
な」苦笑するように彼も言った。
 「それにしても、佐々さんて本当に美人だったんですね――俺もファンクラブ入ろ
うかな」コンシェルジュ姿から一応軍服に(これでも尉官だから)着替えた土門が
ため息を付くように言う。「お、おい……」横からつつかれて、はっと気づき。
「い、いえ何でもアリマセン」と取り繕う土門である。
会場の喧騒を背後に立っている2人に聞こえた気遣いはなく、テーブルの面々は
一様にホッとした。「あぁ…そういえばヤマトの艦内人気投票で3位だったことあっ
たな」真田が言い、その時、エスコートしてくれたのはこの真田さんだった。にっこ
り思い出して笑う葉子に、「え、なになに?」と四郎が囁きかけて、あのね、と説明
する彼女。見つめ合う様子は本当に絵になる。
「おキレイですわぁ!!」と特務室務めの真田・向坂の部下の女性たち3人(ひどく高
い倍率の争いの結果、この同行を許された真田の研究室の面々なのだが)は、
ひどく興奮した面持ちで葉子と……何より目の前にすらりと凛々しい姿を見せる
加藤四郎に見入っていた。
「室長――副長官……あのあのあの。ご紹介くださいぃ」目をハートにさせて1人
が言うと、「私も私も」と騒ぐ2人。向坂が「おいこらお前ら。ここまで来て研究室の
恥を晒すんじゃない」と抑えるのに、くすりと葉子が笑って「向坂さんが同行するく
らいだから皆さん優秀なんだね。よろしく、佐々葉子です――」「お噂はかねが
ねっ。今居里香ですっ」「加賀美紀子です」「三好泉ですっ」と立て続けに立ち上
がって自己紹介された。――佐々は真田の部屋に所属していたことがある。
とはいえ外回りの特務だったため直接彼女たちとの面識はない。「伝票書いてく
れてた今居さん? 機材処理の加賀美さん? オペレーションの三好さん…お会
いするのは初めてだね」そう柔らかく言われて「ええっ! 覚えていてくださったん
ですかっ」「お話したことなんかなかったのにっ」「光栄ですっ」と姦しい。――担当
者の名は処理文書の中にあるから目にする。それに「いつも電話に出てくれたの
は貴女ね、ありがとう」と三好に言うと、もう3人ともメロメロだった。
 四郎は全員と面識がある――真田の部屋にはよく出入りしているからだ。何を
隠そう、(四郎自身は知らないことだが)今居は加藤四郎ファンクラブの重鎮だっ
たりもする。
 真田や向坂がこういう普通のOLと一緒に居る、というのが不思議だったが、科
学技術省の研究室だって普通のオフィスだ。業務内容以外は企業となんら変わる
処はないのだ。
 写真撮らせていただいていいですか、に遭い、もうどうぞどうぞな気分で、佐々
は笑顔で加藤の横に納まった。――真田さんまで、撮らなくても。「いやな、リエ
が来られないだろ。しっかり写真撮ってきてねって脅されてな」と言いながらも、そ
れにしちゃ熱心だとこっそり思った向坂である。それからテーブル全員と一緒に
パシャ。う〜ん、この調子で回っていたらどのくらいかかることやら。

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 「こう――」「亮輔」
四郎と葉子が声を発して、二つのテーブルを占めているのは艦載機隊の面々だ。
まったく初対面の者もいないではなかったが、皆どこかでつながりがあり、月基地
組も地上組も、戦艦組も妙に和気藹々と盛り上がっている。
そのトップにいる酒井亮輔、そして同じ艦に現在は所属している溝田幸。
「お前も一緒に月に来てくれると思ったのにな〜」少し恨みがましそうに四郎がそ
う言うと、「済まんな、加藤。……だが、葉子持っていっちまったんだから幸くらい
呉れ」と酒井が冗談めかして言い、(冗談になってねーよ)と内心思った四郎で
ある。
 「佐々さん〜。やっぱお綺麗です」「そうしてると普段の鬼班長には見えません」
「加藤隊長カッコイイっす!」――小此木、功刀、来生のトリオは相変わらず生意
気である。
酒井の艦のメンバー、地上勤務の小此木たち、そして新しく月基地で四郎の下に
配属されるメンバーのうち、最初の隊列を解いたあと数人の班リーダーたちが
テーブルについていた。
 すでに佐々は四郎から紹介され面識がある。簡単に挨拶だけすると、佐々は“よ
そ行きの笑顔”でその新しい四郎の部下たちを魅了してみせた……本人はそんな
つもりはなかっただろうが――それに。実際彼らはその後、彼女の“総司令以上
の”鬼ぶりに震え上がることになるのだが。
そして、わずかながらの生き残り――以前の月基地のメンバーに…。

 パイロットたちのそのテーブルの隅、酒井が振り返る。薄暗いキャンドルもどき
の明かりの中に浮かび出た顔に、佐々は目を見開き、信じられないという顔をし
て、四郎を振り返った。
優しく、包み込むように笑う、四郎は、うんと頷いて。
佐々はもう一度、テーブルに目をやった。ゆっくりとその人が立ち上がって……片
足は不自由だから少々その動きはぎこちないとはいえ。
(津島――本当に、津島なのか)
「やぁ……元気そうだ。それに、本当にキレイだよ」
端正な顔立ちは相変わらずで、しかしその表情にはヤマトに乗るために月を出て
きた時に湛えていた憂いはない。晴れやかに――元の明るい同期の顔を取り戻し
て、「来て、くれたの……元気なのか? 便りも寄越さず、この、薄情もんっ!」
 ウェディングドレスを着ているのをすっかり忘れたように、カツカツと近づいて、
ばっと首にすがりつき、そのままばかやろうと言いながら頭を殴った。
「おいおい……すがりつく相手が違うだろ」そのまま涙を流している頭をぽふ、と
叩いて。
さぁ、といいつつ肩を起こし、四郎の方へいざなう。
 「元気だったよ――今は、南の島で軍の財団に勤めている。観光施設の広報
係さ」
え? ときょとんとする佐々に、酒井が口を挟んだ。
「――名物男なんだぞ、あっちでは。子どもたちにね、 宇宙そらへの夢を与える仕事
さ」「そうだったのか……」
運動神経は抜群だったくせに、優しすぎた津島らしい、と佐々は思った。
「――やっぱり戦闘機が諦め切れなくてな。乗ることは少ないが、演技くらいはで
きるからな、今でも」
「――平和に飛べるなら、それに越したことはないさ。よかった…」
本当に嬉しそうに葉子は微笑んで、それをまた美しいと思う、並んだ面々だった。

 そうやって少しずつ回っていこうと思っていたが、どのテーブルも、後ろに立っ
ている客たちも、なかなか多忙で互いが逢えないだけに、話が互いに尽きること
はない。
そういう関係者でない者たちは、集まっている人々に興奮状態だったし、料理の
旨さや、シンプルだが美しい館内に満足してい、時間の過ぎるのが勿体無いほど
だった。

背景 by Kigen 様 Kigen様バナー

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