連理の比翼


(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10)


= EPILOGUE =

 「本日は誠にありがとうございました」
閉会の挨拶と、2人からのお礼の言葉――そして、佐々と加藤の家の女性陣から
の(実質、アイデアの相談に乗ったのも、手配をしたのも彩香であるが)プレゼント
として、小さな花束と食べ物が一人一人に手渡された。この“食べ物”はPR用の宇
宙食である。携帯食として最近では嗜好品も増えてきた、それのサンプルプレゼン
トというような意味合いもあり、今日の記念に印字とメッセージが添えてあった。
 会場の出入り口に佇み、見送る。人が多いのでいちいち挨拶していては退出す
るだけで膨大な時間がかかるわけだが、それでもなるべく。――次にいつ会える
かわからないから。
皆、連絡先やメールアドレス、今の住居などをカードに書いておいていった。
あとからお礼を送ろう、そういう心遣いは加藤の義母がしたものだ。
(でもどうせ寒河江と南部の顧客名簿に載るんだろうけれど――)

 後始末は任せてくれというスタッフ一同に送られて、「どこへ行けっていうんだ」
と同じ月基地に赴任する四郎に葉子は言う。
もちろん、新婚旅行(?)なんてする暇があるわけはない。着任は明後日の朝。わ
ずか1日、つまり週末だけ、という休暇なのだから。
――だから準備にあんまり時間なんかかけたくなかったんだ、と葉子は思う。イベ
ントは大嫌いだが、休みは好き。ワーカホリックに見える彼女だが(実際にもそう
だけれど)、のほほんと時間を過ごすのも実は大好きだから。それに四郎が一緒
なら、もっと良いな。

ハートライン

 「ふうん。。。月にも高級ホテルなんてあったのね」
「そりゃそうさ。VIPは来る、遊興施設はある。――なんたって地球から一番近い
宇宙、だからな」四郎が言った。
ドレスや何かは一式、マンションの方へ放り込み、身軽な格好になって心底ホッと
している葉子である。――とはいえ、四郎の強烈なリクエストで、『今日だけは、き
れーな格好してて』というから、仕方なくワンピース姿。ハーフスリムの体にフィット
したセミロングのドレスで、ふわりとした肩口と袖が今年流行のスタイルなんだそ
うで。シャープなラインを見せる逆三角形の上半身のシルエットは、戦闘で鍛えた
葉子のプロポーションにとてもよく似合っていた。
「――青が、似合うね」
軍服の襟のホックを外しながら、白いグローブを脱ぎ、ベッドの上へ放り出しつ
つ、四郎は言った。え? と振り返ってその姿をもう一度ゆるりと見る、葉子。
(四郎だって、素敵じゃない?――)
男らしい体躯に背も高くスタイルの良い四郎は正装が本当によく似合う。案外に自
分も面喰いか? ミーハーなんだろうか。だが、そう思ったというのは、内緒だ。
言葉を出すかわりにすたすた、と近付いて、襟だけを外した第二正装のままの四
郎の首に両腕を絡ませた。「司令官殿――とても、素敵」
なんともいえない表情の目で見上げられて、ドギマギする。自然、顔がほこ ろんだ。
「綺麗だった――いつでも綺麗だけどね。ああいう格好も、すごく、似合う――」
自分の首の後ろから片手の手首を掴み取って、もう少し引き寄せた。
「――苦手だわ、あぁいった格好」ちっともイヤではなさそうに笑いながら。
そのままくいと引き寄せて軽く、ちゅ、と唇にキスを落とす。
「――それでも。俺のために着てくれたんでしょ? 本当に、綺麗だった……」
ため息を吐くように言って。その掠れた声が耳朶を打って、づきん、と胸が鼓動
した。
「もう、楽な格好になったら?」「あぁ……」上の空で答え、そのまま四郎は、ばさり
と上着を片手で脱ぎ去ると、自分のベッドの頭の方へ放り投げ、またそのまま中
のベストも取ってしまった。
「しろう?」――どさり、とそのまま膝から抱え込んで。
「綺麗で――綺麗すぎて。俺の、女神……」「ちょ……何、言ってんのよ」
 もう。……お風呂が、先。そんな、服がしわくちゃになっちゃう。
 だから。脱いじゃえば、大丈夫だよ?
そんな風に言いながら、器用に片手が背中のファスナーを下ろしていて、唇がサイ
ドの襟のボタンに触れていて。
 あぁ、わかったから――ちょっと、待ってってば。あん。

 せっかく素敵なホテルだから。雰囲気とかのんびり楽しみたかったのになぁ。
いつの間にやら腕の中に抱き込まれて、コトに及んだ後、珍しくすうすうとそのまま
寝入ってしまった相棒。
――やっぱ、緊張したのかしら?
腕の中に頭を抱きこみながら、その重みが愛しいと思いながら。
新任の――月基地総司令。戦闘機隊員の一部は別として、班長やリーダー連中
は皆、年上。最年少の基地総司令だ――飄々としてて。いつも、冷静で、穏やか
で。年上下関わらず、尊敬されて。公正で――莫迦にするやつなんか、いない。
それでも。
(神経遣うものなのよね――しろう)
頬にそっとキスを落とす。――まだ23、か。
 あの北の国で、最初にこのひとの寝顔を見た時も、 こんな感じだったな。
言うことは真摯で、有無を言わせず強引で。兄貴より、よほど直情径行だ、なんて
思いながらも、引きずられるままに、ただ真っ直ぐに自分を求めてくれる心が嬉し
くって。
やることだけやって、疲れたのかそのままぐっすりと眠ってしまった――その時初
めて、若いな――自分より四つ年下の、わずか19だったあの時の彼を見た。
 それから4年――逞しくなっちゃって。
くすりと微笑むと、何か底の方から温かい気持ちが湧いてきて、彼女は腕にぎゅ、
と力を入れるとその髪をまた撫でた。
 ん……。
微かに身じろぎして、
 ようこさん? とつぶやくと、ぱっちり目を開けた。
あら。起こしてしまうつもりはなかったのに。
ぐい、と強い力で腕を引かれて、そのまま少し起き上がると体の下に引きずられ
た。
強いキスが覆う。
――何、思ってたの?
  優しい、目。
 以前まえのこと、いろいろ、ね。
柔らかに、葉子は答える。
 兄さんのこと、じゃ。ないよね?
 なんでここに三郎が出てくんのよ――そう思いながら。「ち・が・う――貴方のこ
と」
出逢った頃のこと。もう、けっこうな時間が経ったのね。
 いろいろ、あった――もう。戦いなど、無ければいいな。
 そうね――。

 「“連理の比翼”か――」
ほぉ、と息を吐いて、腹ばいにサイドテーブルのグラスからジュースを喉に流し込
みながら、葉子が言った。
「なんだい?」
「そう言われたのよ――あちこちでね」くすりと笑う。「古代とユキみたいのを言うん
だと思うんだけどね、それって」
「――翼……持ってるから。じゃないかな、貴女あなたが」
「翼? ……ん。そうね。そうかもね……持っていたい。イカルスみたいに太陽に
落とされるまででもいい、飛んでいたい」
「飛行機乗りは皆、そうさ――でもまぁ、俺はこれから少し減るだろうな」
「地位が上がれば仕方ないよ……でも、月ではまだガンガン飛ぶのでしょ」
「あぁ……そうだな。まだ、開発途上だ、此処は」
 もう。やめよう? 今日は。
考えることは沢山ある――自分がそれに相応しいとも思えないけど。今は……君
のことだけ、考えていたい。
そう言ってまた、髪にキスを落とした。

 また、欲しい。
また、旅立って行ってしまうんだろ、君は。
 そうね――あと5日。冥王星まで、ちょっと。
 ちょっと、か――。
 んんっ――ふぁ。……し、ろう。
強く抱きこまれて、四郎はすっかり目覚めているようだった。熱い昂ぶりが密着し
た体から感じられたから。
 ん。また、始めればいい――新しい場所で。求められる場所で――大きな仕事
ね?
 そうだな。やりたいことも、やれることもあるだろきっと。……俺の力なんて、たい
したことないけど。それでも、此処からずっと。
(護りたいものも、作りたい未来も、あるから――)
そう、心の中で誓って。
 加藤四郎は、腕の中の愛しい女をまた熱く抱きとめた。
(そうだ――このひとが此処にいることそのものが、 “奇跡”なのだから――だった
ら俺は、そのために、何でもできる。きっと、ね)

 ゆっくりとまた、やわらかなキスが繰り返される。
地球を回る月の軌道は、ゆるりと、回転を続けている。
100年前も――そして今夜も。明日からもきっと、それは変わらない時を刻むのだ
ろう。

Fin
moon iclip
綾乃
−−23 Feb, 2008

背景 by Kigen 様 sozai site banner

Copyright cNeumond,2005-08./made by Satsuki ICHINOSE, written by Ayano FUJIWARA All rights reserved.


←「日々徒然」TOPへ  ←扉へ戻る  ↑前へ  ↓あとがきA   ↓感想を送る
inserted by FC2 system